料理人の本棚

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 察してよ、という言葉は飲み込んだ。音を立てて両手を合わせ、ごめんね、と重ねて言った凛々子をこれ以上責めても仕方ない。  美也子はため息をついて背もたれに寄りかかった。悪気があったわけではない凛々子を前にすると、内定先をバラされた怒りも収まってくる。小学校からの付き合いで、親とも付き合いのある彼女と話をしていると、いつの間にか毒気が抜けてしまう。 「親から電話かかってきて、内定先のこと知られてた」 「おばさんから、美也子の様子どうかって聞かれて、その時言っちゃった。美也子、他に内定ないし、もうそこに行くしかないって思って」 「わたしにだって内定先を蹴飛ばす権利はあるよ」 「え、じゃあ留年する気?」 「それができたらあんたを呼び出さないよ」  卒業までに内定先が得られない、あるいは内定先に納得できない学生が採る最終手段は留年だ。一昔前までは卒業して就職浪人をするしかなかったようだが、無職で大学を卒業すると却って就職のハードルが上がることから、ほとんどの学生は留年を選択する。しかし美也子は、絶対に四年で卒業しろと入学時に厳命されている。 「でも、安定してそうじゃない。社会福祉法人って自治体とか国から補助金出るから給料良いって言うし」 「わたしに介護職なんてできると思うの?」  凛々子が黙り込んだ。自らの可能性を叩き潰す発言が我ながら情けない。しかし、きついのだ。それを目の当たりにしているのだ。 「説明会の時見たけど、ベッドで寝たきりのおじいちゃんとかおばあちゃんのズボン下げてお尻拭くんだよ。そうかと思えば皆で延々と童謡とか歌ってるし。もっと仕事らしい仕事がしたいっての」  実際、歌の音頭取りをしていた職員は明らかにやる気がなさそうだった。あまり歳が変わらなさそうな男の職員だったが、あくびはするし歌詞は間違えるし、視線は泳いでいるし、とても楽しそうには見えなかった。
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