予感

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予感

―岩本― 「はぁ、…ん…」 口を開けて、漏れ出る自分の声に目を閉じる。 「んぅ…あ、あぁ…」 ぐちゅぐちゅと音をさせ自分のを扱きながら、つま先に力を入れて快感をやりすごす。 「は、はぁ、…ん、」 快感の波に目尻から涙が滑り落ちて、つぅと頬を伝う感じに、背筋に甘い痺れが走った。 うっすらと目を開けて、机に頬を押しつけ暗い窓の外を眺める。 緩慢な動作で自分のを触りながら、少しでも長く快感を引き延ばそうと、緩く扱く。 生徒会の雑務を終わらせ、帰る友達を見送り残った校内。 部活で残っていた生徒たちも消え、見回りが来る時間までのわずかな一時。 教室の真ん中、前から二番目の自分の席に座り、そっと前を開けて握り込んだ自分自身。 「んう…、あ、はぁ…ん…」 スリルに感じるのか、背徳感に感じるのか、分からず口から垂れた唾液が頬を濡らすのにうっとりした。 「…気持ち…い…」 強く握り直し、ぐちゅぐちゅと扱きだす。 目を閉じ、迫り来る射精感に意識を集中させた。 カタ、…タン 教室の扉が開いた音に、頭が真っ白になる。 「…あ?」 低い訝しげな声を耳にして、身体がピクリと揺れた。 机に頬を押しつけ、自分自身を握ったまま、教室の後ろからした声に脳内が慌ただしく動き出す。 見えないはずだ。ゆっくり手を離して、寝ていた振りでやり過ごせば大丈夫。 落ち着いて、ゆっくり手を離して…。 「寝てんの?」 言いながら近づいて来る気配に、自身から手を離す。 そっと自分自身をズボンの中に押し込み、何気なく机から頭を上げた。 「…岩本?」 名前を呼ばれ、ばくばくとうるさい心臓の音に俯いた。 大丈夫。大丈夫。 「あ…と、真壁?」 声から推測し、真壁の席が俺の右斜め後ろなのを思い出す。 机の横に掛けておいた鞄に、そろそろと手を伸ばした。 「寝てたのか?俺途中でプリント忘れたのに気づいてさ」 すぐ横からする声に、焦って鞄が手から滑り落ちた。 「お、と…はいよ」 床に落ちた鞄をヒョイっと拾い上げ、真壁が俺に差し出してきた。 「あ、りがと」 受け取ろうとした手が、微かに震えている。 顔を上げられなくて、鞄だけ見ながら唾を飲み込んだ。 真壁の視線が、突き刺さるように感じるのは気のせいだ。 大丈夫。大丈夫。 「どうかしたか?」 不審そうな真壁の声音に、掴んだはずの鞄がまた床に落ちた。 「おいおい、寝ぼけてんのかよ」 苦笑混じりに言い、真壁はしゃがんで鞄を拾い上げて俺を見た。 視線がかち合い、心臓が止まりそうになる。 大丈夫。落ち着け。 自分に言い聞かせ、視線を真壁の反対側に逸らした。 「岩本、ヨダレ垂らした?」 笑いながらそう言う真壁に、顔が熱くなる。 薄暗い教室、電気はついていないが、校庭から差し込むライトの明かりは入り込んでいる。 口許を手で押さえ、ツンと鼻につく臭いにビクリと固まった。 「う、あ…か、帰るから」 慌てて立ち上がり、外していたベルトに気づいてブレザーで隠した。 「あ?ああ、大丈夫か?」 「大丈夫、じゃあ」 鞄を受け取り、真壁から離れるように足を出した。 「うわっ」 机の足に足を引っかけ、そのまま床に倒れ込む。 「おいおい、いつもの落ち着きはどうしたんだよ」 苦笑して手を差し出す真壁を見上げる。 同級生の中でも、体格の良い真壁。容姿も整っていて、校門では出待ちの女の子がいるくらいにはモテる。 その真壁の視線が、俺の腹で止まった。 「…ベルト、外れてるぞ?」 カアッと脳みそが沸騰する感じに目を閉じた。 「へ?」 ヤバイ、ヤバイ、何て…。 パニックに陥りながら、口をパクパク動かし言い訳を考えた。 「寝、寝てて、違、…あ…や、違うから!」 閉じていた目を開けて、泣きそうになりつつも立ち上がる。 「違うって…どうしたんだよ」 「なな、何でもない、また明日!」 よろよろと、机にぶつかりながら教室の前の扉を目指した。 「おーい、鞄忘れてるって」 呆れたような真壁の言葉に、あっと振り返り机に戻る。 倒れた拍子に投げ出した鞄に手を伸ばしたら、真壁に腕を取られた。 「なーんか、変?大丈夫かよ岩本」 「あ、…大、丈夫」 「…変だろ、何キョドってんの?」 また心臓がバクバクいい出して、目を閉じたら盛り上がっていた涙が滑り落ちた。 「え、は?何、泣いてんの?」 「違、は、離して」 腕を振り払ったら、足から力が抜けてへなへなと座り込んでしまった。 「おーい岩本ー?」 座り込んだ俺の前に、真壁はしゃがみこんできた。 頬に伝った涙へ指を伸ばし、真壁は親指でぐいっと拭いてくれた。 「ふっ、う…うう」 緊張からか、動揺したからか、感情がぶれて涙が溢れる。 「おーい、何々?どうしたわけ?」 困惑したような真壁の声に、両手で乱暴に涙を拭った。 「ご、ごめん、何でも、何でも…ない」 溢れ出す涙が止まらなくて、真っ白になった頭で何度も涙を拭った。 「変な奴。そんな擦ったらダメだろ」 苦笑混じりの言葉と共に、両手を掴まれた。 「落ち着けよ、な?」 優しく笑いかけられて、顔が熱くなる。 動揺しすぎだ。そうだよ、落ち着け。バレてない。大丈夫。 「あ、ありがとう…ごめん」 何だか取り乱したのが恥ずかしくて、照れくさくて笑った。 「や、いつも落ち着いてるイメージだったから、珍しいもの見れたな」 快活に笑う真壁に安堵して、肩の力を抜く。 掴まれていた手に、真壁があれ?と眉を寄せた。 そんな真壁に、え?と首を傾げる。 真壁が手に鼻を押しつけ、それから視線が俺のベルトに落ちた。 「あ?…と、ああ…帰ろか」 「え?あ、うん」 そのまま真壁と一緒に教室を出た。 自転車で来ていると言う真壁と別れ、自宅に帰る。 凄く焦ったな、なんて思いながら、バレなかったことに口許が緩んだ。 良かった。 けど、教室でするのは物凄く興奮するから、止められそうもない。 懲りない自分に、小さく笑った。 ―岩本―
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