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隣
―サイドA―
電車に揺られ、俯いて青ざめてるそいつを眺めてた。
また痴漢されてやがんな。
思いながら、満員電車だし、身動きとれないし。助けることなく眺めてた。
口を引き結んで、目をぎゅうって閉じて、今時誰が使ってるんだ?って思う学生鞄抱き締めてる。
まあすぐ向かいで見といて、身動きとれないからなんて言い訳なんだけど。
後ろで素知らぬ顔してるリーマン。顔も普通だし、痴漢なんかしなさそう。人畜無害、って感じなのにな。
男のケツ揉んで楽しいのかね。
そいつの体が、ピクリと震えた。
閉じてた目を開けて、顔を上げた拍子に視線がかち合う。
鞄抱く手に、キュッと力が入ったのを見る。
青い顔で、不安げに揺れる瞳にゆっくり光が戻るのを眺めてた。
俺のことジッと見て、小さく口を震わせるように動かしている。
た す け ろ ば か
…助けろバカときたか。
俺は笑みを浮かべ、口を動かした。
い や だ
そいつの目がキュッと跳ね上がり、俺を睨みつけてくる。
軽いブレーキの揺れに合わせ、そいつが身動ぎして俺の方に手を伸ばしてきた。
その手を掴んで、止まった電車、俺の背後で開いた扉からホームに降りる。
人波に乗り改札を通りすぎた瞬間、掴んでいた手が乱暴に振りほどかれた。
「最悪な。なんで助けないんだお前は」
俺より10センチは低い位置にある、頭を見下ろし笑った。
「お前がビビってるの、見てたいから」
俺を見上げた顔が、明らかに怒っている。
怒っている顔も見てたいけど、俺はそいつから距離を取った。
そいつの蹴りが宙を切り、続いて舌打ちするのに笑った。
すぐに足が出るくせに、痴漢には固まって動けなくなる。
いつも勝ち気な笑みを浮かべて生意気な口を叩くくせに、痴漢されて青ざめて震える。
「ムカつく。仮にも生徒会長だろがっ。可愛い生徒を助けてやろうって気持ちはないのかよ」
歩き出すそいつの後ろを歩きながら、肩を竦めた。
「可愛い生徒なら助けるさ。毎回楯突く、生意気な生徒は無視だろ」
「楯突いてない。ついてくるな」
通学路を歩いているのに、とんだ無茶な事を言うそいつに笑う。
「じゃあお先に、副会長さん」
コンパスの差を見せびらかし、そいつを追い抜き学校に向かう。
後ろからキーキー騒ぐのを無視して笑った。
生意気な副会長は、明日も痴漢されてしまえ。
朝の通学電車。黙ってれば大人しくて可愛いそいつは、毎回違う野郎に痴漢されては固まっている。
青ざめてる顔を見るのが、朝の楽しみ。
俺に気づいて毎回助けを求めるのが、実は楽しみなんだけどな。
―サイドA―
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