愛しいアナタにこの花を。

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愛しいアナタにこの花を。

 愛しい貴方に。  きっと君は気付いていないだろうね。 私が君にどうしてこの花を贈るのか、けれど君はいつものように頬笑むんだ。ちょっと照れくさそうに、でも心から嬉しそうに。 そんな時の君の笑顔は、とても可愛らしい。  なんて、言葉にしたらきっと君は「僕は、成人男性だよ?」って、困った顔をするだろうね。 女の私なんかよりずっと女性のような繊細な心を持つ君は、時折そんな事を気にしている、けどだからこそ私はひかれたんだ。 私に無いものを、君はもっているから。 「どうしてこの花だったの?」  別れ際、空港のロビーで君にその花を贈ると、君は不思議そうに聞いてきた。 私が「君に贈るならこれしかないと思ったから」と言えば「そうなんだ」と、その一輪の花を眺める。何かその花に仕掛けられた“ 謎 ”でも解こうとするように。 その姿が愛しくて無意識に見とれていると、気付いた君と視線が交わる。 ふわりと太陽のように笑って「有り難う」とはにかむ君。 あぁほらやっぱり、思った通りだ。  私はこんなに幸せでいいのだろうか。そう思いながらも君の可愛いらしさが私にも少しはあればとも思う。  君はこんな私を良いと言ってくれるけど、いつか愛想を尽かして、もっと可愛いらしい人のところへ行ってしまうんじゃないかな。 「それじゃあ私はそろそろ行くよ」  飛行機の出発の時間が迫っていた。旅立ちの日に相応しい気持ちのいい青空が、窓の外に広がっている。  スーツケースを片手にその場から離れようとして、君が何かを言いかけ口を噤む。  その胸に一輪の花をぎゅっと抱き締めて。  私は飛行機の座席に腰を落ち着かせると、静かに瞳を閉じた。  瞼の裏に浮かぶのは勿論……。  あの時は、まさかその一年後に、君が私を追い掛けて来てくれるなんて思ってもみなかったよ。 「――どうしても貴女にを渡したくて!」  その日、私はまるで君が来るのを知っていたかのように、休みをとって家にいた。  このところ忙しいのか君とは連絡がとれていない。既読だけがついたそれから目を背けて、今どうしているかとアパルトマンの窓から、美しい景観の街並みを眺めていると、その下でおろおろと立ち往生する見覚えのある姿に、思わず窓を全開に身を乗り出す。  大きな声で名前を呼べば、気付いた君が顔を上げ、喜びと安堵が入り交じったように私の名を呼んで笑った。  夢かも知れないと思いながら急いで君の元へと向かう。  外に出れば少し大人びた君が、私と眼が合うと力強く抱き締めた。  たった一年離れていただけなのに、一回り大きくなった君に驚き、夢ではないと実感すると、私も君をしっかりと抱き締め返す。 「良かった! パスコードがわからなくて入れなかったんだ! こっちは随分日本と違うんだね!」 「そんな事よりどうして君がここに?」 「どうしても今日、貴女に“この花”を渡したくて!」  そう言って渡されたのは、四本の真っ赤な薔薇の花。 「……!」  それは私が去年の今日、彼に渡した花と同じだった。 「本当に貴女はずるいよ。僕、あのあと調べて凄い焦ったからね」  と言いながら、嬉し涙を浮かべる君は、やっぱり相変わらずだ。 「僕だって“あなたしかいない”よ」  貴女に負けないサプライズをと、今か今かと今日この日を待ってたんだと。 「“死ぬまで気持ちは変わりません”」  照れながらハッキリとそう言われた。  その姿が愛しくて、その言葉が嬉しくて、柄にもなく私まで照れそうになる。  翌日、私は真新しい花瓶を買って、四本の薔薇をそれに生けた。 そしてそこにもう一本。 全部で五本になった花を見て、君は眼を見開くと「本当、貴女には敵わないよ」と、困ったように破顔した。 私達は強く思う。 “あなたに出会えた心からの喜び”を。 『愛しいアナタにこの花を。』END.
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