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4.二十歳のお祝い
私は父の葬儀後もそのまま実家に住み続けることとなった。親の遺産もあり生活に困るでもなく大学を卒業し、就職。職場で出会った男性と結婚した。当面は節約のため私の実家に住もうという話になった。やがて娘も生まれ三人での生活が始まる。
娘が十五歳になった頃、老朽化した家をリフォームすることとなり部屋の整理を始めた。古い戸建てで部屋はたくさんあったため両親の使っていた部屋は物置のようになっている。まずはそこを整理しようということになり早速取り掛かった。すると突然娘が素っ頓狂な声を上げた。
「なによ、どうしたの? びっくりするじゃない」
「ああ、ごめん、押し入れの奥にあったんだけど、これ日記か何か? 母さんの小さい頃のやつ? 何かワクワクするよね、こういうの」
娘が手にしていたのは、例の日記だった。慌てて取り上げる。
「他人の日記をむやみに見るもんじゃありません」
娘はふぅん、と言うと口を尖らせて部屋から出ていった。
――母さんの日記
手にした瞬間ゾクッとした。まるで日記に込められた怨念が目を覚ましたかのように。ゆるゆると手を伝って呪いが滲み込んでくるような気がする。
――見ちゃダメだ
父はここに綴られているのは母さんの妄想だと言った。でもあれは嘘だったんだ、と理由もなく確信した。そう思わせるものがこの日記にはある。
――処分しよう
そう思い手近なゴミ袋を探しているうちに日記が足元にバサリと落ちた。その拍子にページが捲れる。それは丁度母の遺品整理のときに読んでいた、その次のページだった。
『でも違う。“純潔”、その花言葉は白色の花につけられたもの。あの娘の花は断じて白なんかではない。あの花にはいろんな色がある。そう、あの娘の花は白でも赤でもない。黒。そう、黒い花。その花言葉は……。
――呪い、忘れられぬ恨み、復讐。
もしあの娘を殺り損なったら今度はその子供を殺そう。あぁ、それもいい。孫を自分の妻に殺されたら隆さんはどう思うだろう。その時やっと気付いてくれるのだろうか。自分の犯した大きな過ちと私の悲しみに』
全身に鳥肌が立った。急に部屋の温度が十度ぐらい下がったような気すらする。私は両手で自分の体を抱いて震えていた。どのぐらいそうしていただろう。再び背後から声をかけられ飛び上がる。
「母さんいつまでそこにいるのよ」
娘だった。娘は私が止める間もなく日記をひょいっと拾い上げる。そしてさっとその文面に目を通すと笑い出した。
「やだぁ、何これ、母さんの? 小説でも書いてたの? これじゃあまるで中二病じゃん。黒歴史ってやつだよ」
この時、私は見てしまった。日記から黒い染みのようなものが娘に這い上がっていくのを。私は指一本動かすこともできずその光景を見続けていた。
そして、娘は死んだ。二十歳で。成人のお祝いを控えたその前日に。頭の中に日記の一節が蘇る。
――この家で娘の二十歳のお祝いをすることは、絶対にない
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