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少女信仰
高校生の体にはランドセルが少し小さく見えたけれど、彼女によく似合っていて違和感はなかった。
「なに見てんの」
年齢相応に落ち着いた声でそう言った彼女がランドセルを背負い直す。カランと軽い音が鳴った。
「え、あ、吉高さんによく似合うなって、思って……」
段々と声が小さくなってしまったのは、吉高さんがすごい勢いで眉間にしわを寄せたからだ。
セクハラだと思われただろうか、あまり話したこともないクラスメイトに褒められるのはそこまで不快なものなのだろうか。もしかすると、相手が僕だからかもしれない。クラスのイケメン、えっと、そう、川上くんくらいの顔面偏差値を持っていたなら、吉高さんは頬を染めて喜んだかもしれない。
「奈美って呼んで」
「え?」
「吉高って名字嫌いなの。なくしちゃいたいくらい」
そう言った吉高さんが先ほどよりも苦い表情をする。ここでさらに名字を呼んでしまえば、彼女は本格的に機嫌を損ねてしまうだろう。
「奈美さん……?」
「さん付けやめて」
「な、奈美ちゃん?」
「うーん、森山くんにしては及第点かな」
天を仰いで少し悩む仕草をした奈美ちゃんが子供らしい笑顔を浮かべた。あまり自然ではなくて、無理に作ったのであろう幼さが彼女の危うさとか儚さとかそういうものを強調している気がする。
白い肌と黒い髪と真っ赤なランドセルから目が離せずにいると、奈美ちゃんは少し前屈みになって僕を上目遣いで見つめた。
「ランドセル、似合う?」
先ほどもそう言ったはずだが、奈美ちゃんは呼ばれ方に気をとられていてしっかり聞いていなかったのだろうか。
「あ、うん、そう思ったけど」
僕が頷いて言葉を続けると、彼女は少し視線を泳がせてからはにかんでツインテールの先を指先でもてあそんだ。
「……へえ、変わってるね」
「よく言われる」
「いいじゃん、私もよく言われる」
それはそうだろう、という言葉は飲み込んだ。せっかく奈美ちゃんの機嫌がなおったというのに、また膨れられては困る。
「ねえ、暇なんでしょ?」
先ほどまでの表情が嘘のようにいたずらっぽい笑顔を浮かべた奈美ちゃんがそう言う。それは質問というよりは断定に近かった。
お前のようなやつは暇に決まっている、とでも言いたげな表情に少しムッとするが、用事がないのは事実なので小さく頷く。
「じゃあさ、ちょっと付き合ってよ」
「え?」
「ずっと一人は退屈だったの、来て」
歩き出した奈美ちゃんはこちらを振り返ることなくツインテールを揺らしている。ランドセルはやっぱり小さいけれど、小学六年生くらいなら彼女より大きい子もいるだろう。たしか小学校の時は女子の方が背が高かった。
このまま反対に歩き出しても奈美ちゃんはきっと追ってこないだろう。けれども、僕を捕まえたと言わんばかりの後ろ姿があまりにも嬉しそうでおとなしくついて行った。
たしか、そんな始まりだったと思う。
ランドセルがよく似合っていた彼女は、少女と呼ぶのにふさわしい姿だった。
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