齋藤さんの隣に並んで

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齋藤さんの隣に並んで

 夜の8時半過ぎ、私は齋藤さんと一緒に、車道に面した遊歩道をゆっくり歩いていた。   まさか一緒にコンビニへ行く事になるなんて思いもしなかった。戸惑ってしまうといいますか……。つまり落ち着かない。で、でも、嫌な感じじゃない。むしろ私の気持ちは、躍っている。  隣にいる彼に気付かれないように、そっと顔を向けた。  端整な顔付き。街灯の淡いオレンジ色の光が彼の横顔を優しく照らしている。とても穏やかで、大人な雰囲気に、胸の奥が何だかそわそわする。一緒に並んで歩いているのが、とても不思議な気分だった。    ふと、あることが頭をよぎる。  そういえば齋藤さん、何で私と一緒に行くって言ったのかな……?   もしかして、私が夜遅くに1人で出かけるから心配して……?    そんな事を思って耳元が急に熱を帯びてくる。    ち、違う、そんなんじゃない。きっと、彼もコンビニで何か買う用事があったの。きっとそう―。  齋藤さんが、ふっと私の方へ顔を向けた。  私の全身に、大きな鼓動が伝わる。 「山本さん」 「んっ……、なっ、なに?」  齋藤さんの優しい声音に、鼓動が早まる。お、落ち着いて。胸の内を気付かれないように意識しながら、彼の顔を眺める。  彼の口元がそっと開く。 「その……、買い物に付き合わせてくれて、ありがとうございます」 「あっ、い、いえいえ」 「いきなりそんな事を言うのはどうかと思ったんですが……、つい」  ふっ、と彼が自然にはにかむ。  大人びた笑みに、目を奪われる。マンションで会う時は、ちょっと男の子っぽい感じが強かったのに。急にそんな雰囲気を魅せられると、ちょっと困る。それに、その言葉……、ますます、私のことを心配してくれたのかな、って思ってしまう。  両頬も熱くなってくる。このままだと無言になりそうで、思わず声を出した。 「そ、その、齋藤さん」 「はい?」 「えっと……」  言葉が続かない。どうしよう……、ここは、無難に、当たり障りのない事を……。 「その……、あっ、そう! コンビニで、何買うんですか?」  私は明るく、気さくに努めながら、齋藤さんに問いかけた。  すると、齋藤さんは何だか不意を突かれたように、目を丸くする。  あっ、あれ? わ、私、そんな変なこと聞いちゃった?   そんなことないよね?  内心焦っていると、齋藤さんが、間の抜けた声で私に尋ねてきた。 「えっと…………、何を買いましょう?」  彼が、困ったように私を見つめる。丸いコロコロした瞳で、なんだか私に助けを求めているみたいに。えっ? ちょっと、いきなりそんな弱々しい感じを見せられると―。  「ふふっ……」  私の口元から笑いがこぼれる。 「あれ? や、山本さん?」 「いや、あの、ごめんなさい。だって、ふふっ、齋藤さんが真面目に聞いてくるから……」 「え?」 「ふふっ、だって私も分からないよ。齋藤さんが買いたいもの」  すると、齋藤さんが慌てて口を開く。 「つっ!? あっ、そっ、そうですよね!? いっ、今のは無しで!」  その反応が面白くて、私はつい、イタズラな声音を出した。 「えぇ~? 無しってどういうこと?」 「いやその何というか……、あっ! 今思い出しました! お、お弁当です!」    齋藤さんが何だか決め顔でこちらを見てくる。  なに、そのドヤ顔。私は笑いを堪えるのに必死だった。笑い声を堪えながら、口を開く。 「ふ~ん、お弁当かぁ~」 「は、はい、その晩飯ように」 「そっか~。うん、うん、思い出せたようで良かった」    私は、齋藤さんに微笑む。  すると彼は、照れ隠しなのか、口の両端を大きく上げ、楽しそうに笑った。  もう、そういうの……、ずるい。  彼の優しさが、私の胸の奥をくすぐる。今のやり取りで、齋藤さんが何でコンビニに行くのか分かってしまった。このままだと、また顔が熱くなって口ごもってしまいそうになる。  私は気持ちの高鳴りを押えながら、彼に話かける。 「齋藤さん、もうすぐ着きますよ」 「あっ、ほんとですね」  見慣れたコンビニのマークが目に付く。お互い顔を見合わせて、楽しそうに笑いあった。   コンビニの前までたどり着くと、齋藤さんが一歩前へ出た。扉を開けてくれる。  私は小さく頭を下に動かす。そして、2人で店内に入っていった。
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