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コンビニにて その2
「すみません、お待たせして」
「あっ、ううん。だ、大丈夫だよ」
むしろ、もっと時間がほしい。
「山本さん、買う物決まりました?」
その一言にドキッとする。
「えっと~……、あっ、あのね、その……」
私の言葉が途切れる。
どうしよう、一体何を買えば……。もう素直に便箋を買う? でも便箋が置いてなかったら、また買う物を迷うし。いや、それならそれで、買いたい物が置いてなかったと言って、コンビニを出ればいいんじゃ。そう名案が思い浮かんだが―、
「山本さん?」
齋藤さんが不思議そうに見つめる。
私はその名案を思いとどまる。それだと、一緒に来てくれた齋藤さんに悪い。私のことを心配して付いて来てくれたのに。
「齋藤さん……、ごめんなさい、その、まだ決めてなくて……」
私の申し訳なさそうな様子に、齋藤さんの目が少し見開く。なんだか戸惑っているみたいだった。
「あっ、いや、そんな!? だ、大丈夫ですよ。えっと~……」
そう言って、私から視線をそらした。
しまったと思った。私は、何で気まずい雰囲気を作ってるの。
私は気持ちを引き締める。
ちゃんと決めよう。齋藤さんと一緒にいる時間、楽しく過ごしたい。
私は口を開く。
「さ―」
「確かに迷いますね」
齋藤さんに声をかけようとした時、彼から予想外の一言が飛び出た。
「へっ? あの、齋藤さん?」
私はつい口から、間の抜けた声を出してしまった。
齋藤さんが、視線をこちらに戻す。
「いや、僕も分かりますよ。意外と悩みますよね、選ぶの」
そう言って、彼が視線をチラッと横に向ける。私もそれにつられ、横を見ると―。
「あっ……、アイス?」
私達の側に、アイス類が陳列されている冷凍庫が。……、もしかして齋藤さん、私がアイス選びに迷っているって思って……。
「あの、齋藤さん?」
私は小さく呟いた。すると、齋藤さんが私に振り向く。 彼は、何だか楽し気な表情だった。
「山本さんって、こういうのけっこう真剣に選ぶタイプなんですね」
えっ!? いやいや、そういうわけじゃないんだけど!? たまたま近くにアイスの棚があっただけで、不可抗力といいますか……。
そう言いたいけど、言えるはずもなかった。
私はただ目を大きく見開き、齋藤さんを凝視する。すると―、
「いやいや、大丈夫ですよ。山本さんが決めるの待っときます。それにしても……、ふっ、ふふっ、あはははは!」
急に笑い出した齋藤さん。
「えっ!? なになに!? どうしたの!?」
私は思わず慌てて声をかける。すると彼は可笑しそうに話し出す。
「いやだって、すごく思いつめた顔で『まだ決めてない』っていうから、何が山本さんをそこまで追いつめているんだろうと思って。それで周り見てみたら、このアイスの陳列棚があって。あっ、これかって思ったらもう可笑しくて……、あははははっ!」
「そういうこと!? いやいやいや!? ちょ、ちょっと待って!? これはち、違うの!」
「そうですね、ふふっ、そういうことにしときます」
「だから違うのっ! その、つっ~……!!」
慌てて弁明しようも、時すでに遅し。
今の齋藤さんに何を言っても、私のごまかしにしか思ってもらえない。もうそれだったら―。
「うぅ~!! はいはい!! そうですよ! アイスを選ぶのに、真剣に迷うタイプですからねっ!」
そう言って、私はアイスの陳列棚に目を向ける。もうこの流れだと買う物は決まった。
パッケージがポップで、カラフルな、色んなアイスに目を向ける。せっかく買うんだし……、良し! これに決めた。
アイスの陳列棚の戸を開ける。ひんやりとした冷気が、今の私にはとても心地いい。そして、手にしたアイスのカップは―。
「おっ! とうとう決めましたね」
「うん! これに決めました」
意地悪く笑う齋藤さんに、私は手にしたアイス、ハーゲンダッツのストロベリー味を見せつける。これが目に入らんか~、と言わんばかりに。
「良いのを選びましたね~」
「でしょ? 真剣に選んでいますから」
「そうですね」と、齋藤さんは楽し気に笑う。私もすごく楽しい。ほんと、ただアイスを選んだだけなのにね。
「山本さん」
「ん? なに?」
齋藤さんが優しく微笑む。そして自然にスッと、彼の手が伸びる。私が手にしているアイスをそっと掴んだ。彼の指先が、私の指先に軽く触れる。ほんの一瞬の出来事。
あっ……。
気付いた時には、齋藤さんが私のアイスをコンビニのカゴに入れていた。
「じゃあ、行きますか」
そう言って、彼はレジに向かう。
私はハッとする。
「あっ! 齋藤さん!」
「はい?」
「そのアイス」
「ああっ、全然良いんですよ」
「で、でも」
私が戸惑いながら言うと、彼はとても優しく笑いかけてくれた。
胸がキュンと締め付けられる。もう、そんな表情されたら、何も言えなくなる。
くるりと、彼が私に背を向けて、前を歩いていく。私は少し早足で、パタパタと彼の側に行く。
「齋藤さん」
チラッと私に目を向けた彼に、今はありったけの気持ちを込めて、伝える。
「ありがとう、ね」
その言葉を受け取ってくれた彼は、とても嬉しそうに微笑んだ。
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