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帰り道と秘密
コンビニからの帰り道。
私と齋藤さんは、自宅マンションへと続く遊歩道をゆっくり進んでいた。
時刻はもうすぐ夜の9時になろうとしていて、こんな夜遅めの時間であれば、少し早歩きで自宅へ急ぐけど……。
『そんな心配はしなくていいよ』
私の心の声が、いたずらっぽくささやく。
スッと、私の視線が隣にいる齋藤さんへ吸い寄せられる。
私よりも背が高く、体格も割とある彼。
なんだか男らしい、って改めて思う。……、私が夜に買い物に行くとき、一緒に行きますって言ってくれたてくれたことも含めて。
ふいに気持ちが浮きたつ。嬉しいような、恥ずかしいような気持ちが混じり合い、とても不思議な感覚だった。なんだか心地よくて、つい私の口元から小さな笑い声がこぼれた。
すると齋藤さんが、私の声に気付き振り向いた。「どうしました?」と、優し気に呟き、小首をちょっと傾けている。
う~ん、何て答えよう。今さっき思っていた気持ちをそのまま言えばいいのかな……、なんて。
そんなことを思うと、胸の奥がざわつく。
恥ずかしくて言えないよね。
私は彼から少し視線を外す。そして、ゆっくりと口を開く。
「ううん。えっと―」
私は目線を少し動かして、齋藤さんが手にしているコンビニの袋を見た。
中には、彼のお弁当、そして、私のアイスが入っている。なんだか嬉しくなって、ついまた口にした。
「アイス、ありがとうね」
そう言って彼の側に少し近づいた。背の高い彼を少し見上げると、「いえいえ」と、なんだか照れくさそうにつぶやく。
そして齋藤さんが、急に楽し気な笑みを浮かべた。
「でも、夜中にアイスを買いに行きたくなるなんて、山本さんもそんなところあるんですね」
「ん? う~ん……、ちょっと変って、思ちゃう?」
実際は便箋を買うつもりだったんだけどね。
でも私はそのことは口には出さず、秘密にしておく。代わりに、齋藤さんにちょっといたずらな声音で、夜中にアイスが食べたくなるのは変なのか聞いてみると、彼が楽しそうに笑いながら、口を開く。
「いや、全然そんなことないです。なんだか子供っぽくて、すごく良いなって思いましたよ?」
齋藤さんが少しおどけた様子で言った後、急に「くくくっ」と、口元から笑いをこぼした。
あっ、これはたぶん、私がコンビニでアイスを迷っていた様子を、思い出しているな。実際はそうじゃないのに、ちょっと不本意。そうなっちゃったのは齋藤さんのせいなんだから。でも……、今はもうそれでいいけどねっ。
私はそんな事を思いながら、わざとらしく口を尖らした。
「なんだかあまり褒められている気がしないんですけどねぇ~?」
「えっ? う~ん、そう聞こえます?」
「うん、そう聞こえる」
「う~む……、そうですか……」
齋藤さんが大げさに腕を組み、首を傾け悩む仕草をする。でも、なんだか楽しそう。
私も彼のそんな仕草を見ていてすごく気持ちが楽しい。でもあんまり困らせちゃ悪いかな。
「ふふっ、さ―」
「山本さん」
不意に、齋藤さんが私に顔を近づけた。
胸の鼓動が大きくなる。
彼が優しく私を見つめて、つぶやいた。
「すごく可愛かったです」
なっ……!?
その言葉に、甘い声音に、今にも嬉しい感情が顔に出そうだった。堪えるも、顔が熱くなっていくのは抑えきれない。心の内を見せたくなくて、冷静さを必死に装った。
「う~ん……、それも、ダメ」
「ん? そう、ですか……」
私の言葉に齋藤さんは苦笑する。そして、真っ直ぐな瞳で聞いてきた。
「なにが、ダメ?」
理由を知りたそうに、丸いキレイな瞳が私を見つめる。
や、やばい。もう、心の冷静さを保つメーターははち切れそうだった。それを裏付けるように、強く、強く私の全身を震わす鼓動。
もう私の顔は赤く染まっているんじゃないだろうか。そんな思いから、慌てて彼から視線をそらし、前を見た。
あっ、もう自宅マンションの近く。
私は思わず駈けだした。
「えっ!? あっ、山本さん!?」
齋藤さんの驚く声を背にしながら、マンションの入り口の自動ドア前で立ち止まる。
すーっと、少し息を深く吸い込み、ゆっくり吐き出す。
うん……、ちょっと落ち着いたかも。
くるりと、彼の方へ振り向く。
目を丸くして、小走りでやって来る彼。私はその僅かな時間で、ダメな答えを考えるも、そんなの出てこない。だから、正面にいる齋藤さんに、素直に答えてあげる。
「秘密」
「えっ?」
一瞬、不思議そうにする彼。私は、イタズラな笑みを浮かべて、もう一度彼に答えてあげる。
「なにがダメかはね、秘密」
それを聞いた彼は、
「秘密ですか……、なら、しょうがないですね」
そう言って苦笑した。
スッと、私の隣に並んだ齋藤さん。
互いに顔を見合わせる。それがなんだか可笑しくて、私達は一緒に笑い合いながら、マンションの入り口を通っていった。
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