沢山の花と齋藤さん

1/2
前へ
/19ページ
次へ

沢山の花と齋藤さん

 ちょっとふらつく足取りで、私は自宅マンションの階段を登っていた。5階建てのせいか、エレベータがないので時々不便に思ったりもする。でも今は、お酒のほろ酔い加減が手伝って楽しい気分。これでいいのだぁ~、っと!  調子に乗って、一段飛ばしで階段を登ったのがまずかった。 「キャッ!?」  足を踏み外す。とっさに手すりにつかまった。  カシャン、カチャン!  と何か落ちた音が聞こえる。    危なかった、ははは、ドンマイだ、私。  階段でしゃがみ込みながら、辺りを見渡す。  階段に落ちてしまったデオドラントや化粧品類。  あはは、バッグから盛大に飛び出しちゃった……。えっと、慎重に……。  ほろ酔い加減の頭や体をゆっくり動かす。落とし物をバッグに再び入れていた時、ある物に目が留まった。 「ん? あれ? これって……」  キレイな、一片の小さな花びら。    不思議に思って改めて、さっきよりも注意深く辺りを見渡すと、後ろの階段から、上の階の踊り場まで所々に花びらが落ちている。まるで道しるべみたい。そう、何というか。 「ヘンゼルとグレーテルみたい……、ふっ、ふふ、何それ」  そんなに面白くないでしょ。  心の中で、1人ツッコミを入れた時だった。 「ガサ」    小さくも、確かに聞こえた、音。上からだ。  なに……!?  慌てて視線を上の階段の踊り場に向けるも、誰もいない。でも―。 「ガサ、ガサ」  大きな紙袋が擦れるような音が近づいてくる。そして足音も。  体が強ばる。  誰か近づいてくる……!?  体が凍り付いたように、その場にしゃがみ込んだまま何も出来なかった。その間にも近づいてくる不気味な音。そして、階段の踊り場に現れたのは、両手に大きな紙袋が掲げた、齋藤大翔(さいとうはると)さんだった。紙袋には、色とりどりのキレイな花がぎっしり。男が買うには不自然なほどに、いっぱい詰まっていた。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加