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隣人同士のご挨拶
階段の踊り場で、私は齋藤さんと向き合っていた。少し幼さが残る顔付き。表情はなんだか緊張しているみたい。あとちょっと照れているような様子がうかがえる。その理由は……。
不意に彼の両腕を見てしまった。細身ながらも筋肉質な両腕。私の両肩にはまだ、彼の両腕で抱きしめられた余韻が残っている。
うっ、ちょっと私も恥ずかしい。って、今はそんなこと思っている場合じゃないでしょ!
私は彼に伝えなきゃいけないことがある。
「齋藤さん」
「は、はい!」
私の呼びかけに、齋藤さんが背筋を伸ばす。私も、それにならう。少し呼吸を整えてから、私は口を開いた。
「助けてくれて、ありがとう」
「あ、いや!? そんな……、気にしないでください。その、驚かせてしまった僕が悪いですし。あはは……」
「ううん、そんなことないです。私が変に慌てちゃったからこんな事になっちゃったんだし。それに、お花を台無しにしてしまって……、ほんとにごめんなさい」
私の周囲には、花々が散らばっていた。無数の花びらをはじめ、茎から折れてしまっているもの、大きな圧力がかかり、押し花みたいになっているもの。私が階段から落ちなければこうはならなかった。
重い雰囲気が辺りを包む。互いにしばらく無言だった。
何か言わなきゃ。でも、言葉が浮かばなかった。一体どうしたら―。
「あっ!」
齋藤さんの驚いた声にビクッとする。いつのまにか俯いていた視線を彼に戻すと、ある物を手にしていた。私のバッグから飛び出してしまった手紙だ。
「あの!」
「は、はい!」
彼の慌てた声につられ、高い声を出してしまった。それに、彼が私の方へまた近寄ってきた。わわっ!? ち、近い。
「も、もしかして、山本さんですか!?」
「そっ、そうです」
「なっ!? ええっ!? そ、それじゃあ、ぼ、僕のお隣さん?」
「えっと、そうなります。はい」
「そ、そうなんですね。なんというか……、その、いきなりご迷惑かけてすいません! あはは……」
齋藤さんは苦笑する。いたずらがばれてしまった男の子みたい。そんな彼を見て、思わず笑ってしまった。さっきまで重苦しかった空気がうそみたい。
「あの、山本さん」
「はい」
彼がふわっと、温かな笑みを浮かべた。
「改めまして、隣の部屋に引っ越してきた齋藤大翔(さいとうはると)です。その、これからもよろしくお願いします」
優しい齋藤さんの声につられ、私も返事をする。
「隣人の、山本希望(やまもとのぞみ)です。こちらこそよろしくお願いします、齋藤さん」
互いに見つめ合い、思わず2人して笑った。だって、まだ会って数日なのに、色々な事がありすぎたから。齋藤さんも同じ事を思って笑ったんじゃないかなあと思う。しばらく互いに笑いあった後、2人で一緒に、階段踊り場にちらばっている花々をかたづけたのだった。
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