齋藤さんと約束

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齋藤さんと約束

「よいしょっと」  齋藤さんと一緒に同じ階まで登っていると、小さな掛け声が聞こえた。齋藤さんが両手に持っている大きな紙袋2つ抱えなおす。紙袋から顔を出している花々がふわふわとゆれる。 いくら花とはいえ、量がそれなりにあるし。思わず気になって声をかけた。 「ねえ、齋藤さん。重くない? やっぱり1つぐらい持つよ、おっきい紙袋」 「いえいえ、大丈夫ですよ。山本さんにも、もう持ってもらっているし。申し訳ないです」 「持っているっていっても……、ちょっとしか持ってないけどなぁ」 私は、片手に掲げている小ぶりの紙袋をひょいと上げる。中には、色とりどりの花びらが沢山。階段の踊り場に散った花びらを拾っただけで、かなりの量になった。なんだか、改めて申し訳なく思う。やっぱり何もしないのはダメだよね。 「あの、齋藤さん」 「はい?」 「お花代、払います。弁償させてください」 私の言葉に、齋藤さんが慌てる。 「いやいや! 大丈夫ですよ。お金なんて」 「でも……、これだけ沢山のお花。買おうと思ったらすごく高くつくと思うし……」 「あ~、いやその……、これはなんというか、貰ったんですよ」  齋藤さんの言葉にちょっと驚いた。私が不思議がっているのに気付いたのか、齋藤さんがおずおずと話し出す。 「その……、仕事先で貰ったんです。このお花」 「それって……、お花屋さん? で働いているとか?」 「あっ、そうです! ちょっと、変ですかね。男性が花屋で働いているなんて。あはは……」 齋藤さんがなんだか恥ずかしそうに応えた。私は慌てて応える。 「ううん! 全然そんなことない! すごく素敵だよ。 良いなあ~、お花屋さん」 「そっ、そうです? えっと、ありがとうございます」 齋藤さんは抱えている大きな紙袋を、ちょっと上気味にあげ直していた。 顔を隠し気味にしている? なんだか少し照れている様子が可愛らしい。やばい、お花男子だねって、言いたい。でもそこは我慢。  私は変にうずいた気持ちを押え、齋藤さんに話しかける。 「こんなに綺麗なお花を沢山もらえるのは、羨ましいですね」 「あっ、いつもはこんなに沢山もらわないですよ。今日はちょっと特別に」 「特別?」 「はい。その、フラワーアレンジメントの練習に、多めにもらったんです」 「フラワーアレンジメント! へぇ~! 齋藤さん作れるんですね!」 「えっと、はい。まあ、それなりに」 齋藤さんは照れながらも、とても嬉しそうに、なんだか誇らしげに話す。 齋藤さんの作ったフラワーアレンジメント観てみたいな。そう思ってハッと気付いた、齋藤さんが両手に抱えている、ちょっとダメになってしまったお花達。 「あっ、あの、ごめんなさい。フラワーアレンジメントのお花……」 思わず弱々しく呟くと、齋藤さんが慌てて口を開く。 「いやいや大丈夫ですよ! その使える花がけっこうありますし。ほんとき気にしなくていいですよ」 「で、でも……」 「そ、それに! もう花が咲ききっているので、作った作品はそう日持ちしないんですよ。だから、作った後は、ドライフラワーにしたり……、あっ! そう! ポプリを作ったりしようと思ってて。山本さんの今持ってる花びらの山。手間が省けて助かったといいますか。結構大変なんですよね! 花びらを取る作業。ポプリ作ったことあります?」  突然、そんな事を振られて頭が追い付かなかった。でもポプリは知っている。たまに買うこともあるし。 「えっと、ポプリは作ったことないですけど、お店でたまに買ったりしますね」 「あっ、そうなんですね! 僕も買ったりするんですよ。花の香りを長く楽しめるのがすごく良いですよね」  齋藤さんが優しく笑う。私の気持ちがふわっと明るくなる。まるで暖かい日差しに触れたみたい。それに、ポプリが好きだなんて、お花屋さんで働いているだけある。ますます、お花男子、って言いたくなるけど、そこは我慢、我慢。  すると、齋藤さんが声をかけてくる。 「えっと到着しましたね」 「えっ?」  私はふと周囲を見渡す。そこには、自分の部屋の扉と、その隣にある部屋の扉。そっか、もうここでお別れか。私は、ふと手にしていた小ぶりの紙袋を見つめる。沢山つまった花びら。 「それで、香りの良いポプリが、沢山作れそうです」  齋藤さんの方を振り向くと、楽しそうに笑っている。 「ほんと、お花が大好きなんですね」  私が優しくそう言うと、彼の頬が赤くなる。ほんとわかりやすい。 「えっと、山本さん。その、花受け取りますよ。持ってくれてありがとうございました」  齋藤さんが少しおどおどしながら、私の手にしている小振りの紙袋に視線をやる。私は、その合図に従って、齋藤さんに渡そうと思った時、ふと閃いた。 「あっ、あの! 齋藤さん!」 「いっ!? はっ、はい?」 「私、ポプリ作ります!」 「えっ!?」  目を丸くする齋藤さん。でも私は勢いのまま話す。 「その、ポプリでお返ししたいなって! お花をダメにしちゃった分、そういうので……、その」  思わず、言葉尻が弱々しくなる。自分で言っていてなんだけど、そんなので罪滅ぼしというか、お返しになるのか疑問だった。  しばらくの沈黙。うう、やっぱり変なこと言わない方が良かった? そーっと、齋藤さんに視線を合すと、彼の頬が赤くなっていた。私の鼓動が高鳴る。彼がそっと口を開く。 「えっと、その……、いいんですか」 「も、もちろん」 「じゃあ、その、楽しみに待っています」  彼が恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑む。私も、何とか落ち着き払って答える。 「は、はい」  お互い、目線を合わせて、お別れの合図みたいなのを交わした。そして、私は、自分の部屋に戻って行った。  ドアの扉が閉まった音を聞き終えると、リビングまで行き、机の上にバッグと、花びらが詰まった紙袋をそっと置く。椅子に腰かけ、スマホを片手に構える。夜遅くに、『ポプリ 作り方』と検索。  あっ、良かった。これなら私でも作れそう。  意外と簡単に作れることに安心し、ちょっと机に突っ伏して、そのまま寝てしまったのだった。
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