一色の下

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 母は訝しげな表情を見せてから、藤村さんに向けて訊いた。 「最近入ったんです。真面目な人ですから、信頼できますよ」 「そう、なら良いけど」  そう言って母は、足で以て車椅子を回転させ、向き直った。 「よろしくお願いします」  母はまるで平伏するように深く頭を下げた。  駅へ続く並木道へ出ると、南から吹くそよ風に包まれる感覚が心地良かった。風は花びらを手渡すように道を吹き抜け、母の帽子や膝の上にも何枚か乗せていく。 「気持ちの良い風ですねえ」  車椅子の背もたれに安心してもたれかかっているのを感じる。風と共に向かってくる花びらに目を細める顔が脳裏に浮かんだ。 「そうですね」  車椅子を押しながら、春之は努めて短く返事をした。あまり言葉数が多くては、職員を演じきれないと思った。  年明け直後に春望苑に入所した母だが、入所希望自体は四年前から担当のケアマネジャーを通じて出していた。特別養護老人ホームは毎月の自己負担額が少なく、入居一時金もかからないことが利点であったが、入所は要介護三以上で六五歳以上、在宅介護が困難と見なされた者に限られる。
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