それぞれの意思

1/1
前へ
/1ページ
次へ

それぞれの意思

side :八代伊吹(やしろいぶき) 轟々と燃える炎があった。 消えぬ赤い炎が地を焼き天を焦がす地獄の下層、灼熱地獄にて一人笑うものがいた。 全ては燃えては死に、死んでは蘇り、燃えて灰になる。 逃げようとしても炎に巻かれ焼けて死ぬ。そんなことが無限に繰り返される最悪の地獄。 如何なる悪人たりとも7日すら持たなかった。感情がない、痛みを感じない。そんな狂人さえ地獄の炎には勝てなかった。 普通の炎とは違い、精神的を蝕む禍々しい炎は痛みを感じない囚人達にもよく効いた。最初は泣き、やがて涙が枯れて、懺悔をし、それも届かず焼かれ、神を恨み呪い、叫び、再び泣いて、やがて何も言わなくなって死ぬだけになる。 再生しては焼かれ虚ろな目で永遠に焼かれつづける薪となる。 ただ私は違った。自らこの地に出向き炎に焼かれに来た。 現世にて超能力と呼ばれる不思議な力を持つ者、即ち超能力者だった。私は、その中でも平凡な能力である火炎系を持って生まれた。 特別な才能もなかっこ。 数十年の努力は天才という名の理不尽に数週間で抜かれ、その度に私は憎しみを抱いた。 何かしら特別なものを持ちたかった私にとって力とはその一つであった。 私を友人と呼んだ天才は同じ火炎系の能力者であったが、辛い過去を持った男だった。彼が赤ん坊として母親の腹に入っていた際、能力の暴走により突如として炎をまき散らし腹の中から母を焼き殺したのだ。 彼を人は悪魔と呼び腫れ物を扱うように避けた。彼も母を殺してしまったことをいつまでも気にしており、いつも悲しげに笑っていた。 母を殺した贖罪として誰も殺さない、みんなを守れるようになりたいと努力をしていた彼を私はカッコいいと思った。 正直羨ましかった。 私はただただ普通で平凡だった。 他の人が恵まれているからそんなことを羨ましがるのだと言おうが私は揺るがなかった。 特別でありたかった。優れたい、目立ちたい、格好つけたい。 子供ころに抱いた気持ちはやがて炎のように大きく燃え広がって私の心を狂うように焼いたのだ。 しかし、10人に一人しか生まれて来ない超能力者という存在で少し特別であったが、そんなものでは足りなかった。 ずっと平凡でいるのは嫌だ。 強くなりたい、人を辞めても強くなりたい。自分の満足の為に強くなりたい。 それが最後に自分一人になる残酷な未来でも、みんなを殺してしまうような力でもいいから。 天才を超えた理不尽でありたい。 中学校の帰り、実験と称して浮浪者を一人焼いてから私の罪悪感は薄れていった。 世界最強になる為にありとあらゆることに手を出した。 研究をする金を欲して強盗を働き、邪魔するものを殺し、情報を得る為に拷問にかけ、新たな力を手に入れる為ならば人を喰うこともあった。 私は超能力という力の根源が地獄にあることを突き止めた。 古の時代、地獄よりやってきた悪魔達が人間に残した聖痕。それが長い時を経て超能力と呼ばれるものになったことを。 私は地獄に落ちる為、人を残忍な方法で殺した。 人を攫い最後の一人になるまで殺し合いをさせた。多くの子供を持つ一家を攫い、親達の前で共喰いをさせた。 超能力の力を使い浮浪者のコミュニティを焼いて回った。 超能力は悪魔の力である。 悪魔は罪を重ねることで力を増すとあった。私は超能力者も悪逆を重ねることで強くなれるのではないかと考え実行したのだ。 予想通りだった。 10人の大人を殺した時よりも赤子を拷問の末殺した方が強くなったのだ。 裏では人を殺し、攫い、拷問を加え凶悪殺人鬼として名を挙げ、表では学者として働き多くの友達とともに遊んで生きた。 80年近く誰にもバレることなく殺し回った私は老衰によって死に地獄に落ちた。 悪逆を重ねたことにより悪魔に近づいていた私とて地獄の炎には敵わなかった。 死んで灰になって目覚めて燃やされた。 あまりの苦しみから悲鳴をあげ、踠き、涙を流したが、絶望はしてなかった。 生前の研究によれば地獄の力こそ悪魔の力である。 故に地獄の炎と火炎系能力者の炎は同一のものである。 私は焼かれながら地獄の炎を研究した。 最初の100年近くはなすすべくもなく焼かれた。その後200年近くは炎の解析に力を注いだ。 最初に灼熱地獄に落ちてから1000年くらいで私は燃えなくなった。 自由に灼熱地獄を歩き回りより強い炎を求めて探し回った。 それからしばらくして私は自分が生身の体から地獄の炎そのものに変化してきていることに気づいた。 それからの進歩は早かった。 地獄の炎と一体化するのを進めながら同時に取り込みを行った。 私の異変に気付き襲いかかってきた鬼どもを逆に焼き殺した。 悪魔を見つけては力を奪うために殺した。 そして地獄に来てから5000年、私の刑期はついに終わった。 地獄に堕ちたものも救済として1000年から5000年も経てば現世に蘇ることが出来るのだ。 地獄の1000年も現世では瞬きのごとく一瞬にも満たない。 本当は2000年くらいのところで現世へ帰る術を得ていたが、本物の天才というやつは私の力を悠々と超えてくる可能性があった。故、現世と地獄の時間の差を使い、刑期が終わり強制的に転生するまでの期間、力の制御と研究に勤しんだのである。 こうして私の地獄での時間は終わった。 もう地獄に来ることも無かろうと私は景気良く力を解放し他の地獄を灼熱の炎で焼いて回った。 燃えよ燃えよ、炎よ燃えよ。 鬼も悪魔もみぃーんな燃えよ。 燃えて焼かれて灰となりて。 ◇ side :佐伯 亮(さいき りょう) 私の友、八代伊吹は老衰で死んだ。 努力を惜しまないやつだった。 そして、優しい心の持ち主でもあり、同時に合理主義者でもあった。 私は母を焼き殺して生まれた。 稀に生まれた時から凄まじい力を持つ子供がいるのだ。 私は生まれ持って抑えきれないほどの炎の力を持っていた。 抑えるということを知らない赤ん坊は母を焼き殺し、肉を突き破って産まれたのだ。 近く看護師や医師を焼き、必死で押さえ込みに来た父を半殺しにした、らしい。 赤ん坊の頃だ。覚えている筈もない。 私は自我が芽生えた頃から悪魔や悪魔の子と疎まれ、努力をすれば恐れられ、道を歩けば石を投げられた。 近づけば殺されると悲鳴をあげ、反撃しようものなら警察に逮捕された。 誰も私を信じてくれなかった、見てくれなかった。 故、絶望し私は凄まじい憎しみに囚われていった。 そんな時に出会ったのが八代伊吹。そう私の無二の親友になる男だった。 奴も私と同じ火炎系の能力者であった。 他の人間と違ったのは彼が私の努力を認めてくれたことだった。 私は凄まじい潜在能力を持って生まれた、そして伊吹は何も持って生まれなかった。しかし私と伊吹の力の差は殆ど無かったのだ。 私も私で努力をしていたが、私以上に伊吹は努力をしていた。 私は自分の力の制御や教本通りの努力をする中、彼は自分の見解の元、学校をサボってまで各地を旅し知識を集め、研究をしていた。 彼は頭も良くはなかったし、勉強をしても覚えるのに時間がかかったが諦めなかった。人の3倍覚えるのに時間がかかるなら、他の何を削っても10倍努力をした。 そして彼が言う天才供と並びたっていた。 彼は私の産まれ持った特別な力に憧れていたが私も彼が持つ意思の強さに憧れていたのだ。彼は何一つ自分には特別なものはないと言っていたが、私は彼の心の強さこそが他にはない特別なものなのだと信じて疑わない。 友達となった私たちはお互いに高めあった。私が彼の実験に付き合う代わりに彼は私のことをいい奴だと触れて回った。 社交的でクラスの人気者で面倒見もよかった彼のおかげで私への偏見は少しずつなくなり友達もでき始めた。 彼は実験の成果として超能力の暴走を抑える方法を見つけ出す。 その方法の発見により、学者としての身を開いた彼とともに大学を卒業した私たちは、超能力者取締局と呼ばれる超能力者専門の警察機関に就職することになった。 私が犯罪者を捕まえる傍ら彼は研究者として超能力者を鍛え様々な道具を開発し、社会に貢献した。 学校では偏見から逃れられていた私だったが超能力者取締局に入ってからはまた私を疎む人間に囲まれた。 犯罪者の癖にと、私を罵り、過去を知る人間たちは私に再び暴行を働いた。 機関に貢献し絶大な信頼得ていた伊吹であっても私への嫌がらせを止めることはできなかった。 しかし、伊吹から凶悪犯罪の情報を受け取り犯人を次々と逮捕して行くと私は瞬く間にヒーローとなった。 伊吹は手のひらドリルだなと笑っていた。 そんなおり、伊吹が裏で凶悪犯罪をしていることを知ってしまった。 しかも私が捕まえてきた犯人たちは伊吹の部下であった。 つまるところマッチポンプだったのだ。 私は悩んだ末に伊吹を捕まえたり、問いただしたりするのをやめた。 私はだれかのヒーローでいたかった。 例えば悪の心に落ちていたとしても。 私の親友が特別な力を手に入れるために悪魔に成れ果てようと、 私が同じように悪魔からの生贄を捕まえていようと。 今までの彼との記憶を思い出しながら墓の前で手を合わせた。 八代伊吹の仕事、彼の研究に関する資料は私が処分した。 彼が私の為にしてくれた恩を返す為に、彼が犯罪者だったことを隠蔽する為に。 そうして長く長く手を合わせて拝んでいると肩を叩かれた。 「おい、済んだか?」 「ああ、伊吹とのお別れは済んだところだよ」 葬儀の帰り、喪服に身を包んだ伊吹の同僚が私の肩を叩いた。 どうやら私は30分も祈っていたらしい。 超能力取締局の研究局長まで登りつめた伊吹の葬儀には多くの参列者がいた。 沢山の花に囲まれ、同僚達が涙を流す中葬儀は進み、遺体は直接土に埋められた。 超能力は死後もしばらくの間、力が残り続ける火炎系能力ともなると遺体は燃えず火葬できないため土葬されるのだ。 穏やかな笑みを浮かべたまま埋められて行く彼を見届けて葬儀は終わった。 どうか我が親友よ、安らかに眠れ。 そうして同僚達と彼の墓を離れようとした時、私は僅かに炎の気配がした気がした。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加