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僕は廊下をばたばたと走り、お父さんの部屋の扉をこんこんとノックした。
すぐに扉が開いた。目の前に、お父さんが立っていた。
お母さんが慌てて僕の後を着いてきて、
『拍音、お仕事の邪魔になるからダメよ』
そう書いた白い板を僕に向ける。
でも僕は、その板をお母さんの手から掴み取った。
お母さんは驚いて僕を見る。
そのままお母さんの真っ白な手を握った。
「お父さん、あのね、今日幼稚園で習ったんだ。僕と、お父さんとお母さん。家族って言うんだって! 僕とお父さんとお母さんの三人で、家族!」
お父さんは細かった目を大きく見開いて、僕を見て、お母さんを見た。
僕は、ずっと知っていた。
ずっと二人を見ていたから、知っていた。
「お父さんは、お母さんに言いたいことがあるんだよね」
お父さんの部屋から、綺麗な歌声が聴こえてくる。毎日毎日同じ曲ばかり聴いているから、僕もいつの間にかその歌を覚えてしまった。
お父さんはいつもお母さんの顔を見ると、悲しそうに部屋に戻っていく。
その後いつも、お父さんの部屋からこの歌が聴こえてくる。
僕は、知ってるんだ。
お父さんが同じ歌詞のところを、繰り返し、何回も聴いているのも。
「お母さん、お父さんはね」
二人の間に挟まって、僕が代わりに、言ってあげる。
「愛してるって、たくさんたくさん、言ってるんだよ」
僕が満面の笑みでそう言うと、お父さんが僕の体を持ち上げた。驚いてうわーっと声を出すと、お母さんが突然、僕に抱き着いてきた。
お父さんとお母さんは、僕を抱きしめて泣いていた。
僕はそれがすごく嬉しくて、二人にぎゅっと抱き着いた。
(了)
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