屋上でポテチ

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 中間テストの二日目。  普通なら、もう帰って明日のテスト勉強をしないといけないんだろうけど、おれも、デブのペーも、メガネのミヤオも、どうせ勉強なんかしたってしょうがない頭だから、いま屋上でダラダラして、現実を先延ばしにしている。  おれはいま、壁にもたれかかって座りながら、きのう出たばかりの少年マンガの新刊を読んでるんだけど、ペーとミヤオは、双眼鏡で金網越しに、下校するカップルの組数を数えてる。  これは、おれたちが最近はじめた趣味で、はじめた理由は、ミヤオがちょっと前にどっかから拾ってきたカウンターを使って、なんかやろうぜってことになったからだった。 「いた」 「五組目」  ミヤオが見つけて、ペーがカウントする。    さすがにもう慣れたもんで、まるで職人みたい。 「だれとだれだった?」  マンガを読み終わり、となりに行って聞くと、 「見覚えないから、一年かも」  って言って、ミヤオが舌打ちした。 「一年で彼女って、早くない? 去年まで小学生だぜ? ムカつくわー、リスト入りだな」  また、ミヤオの「いつか殺すリスト」にひとり加わった。    アーメン。 「まあ、あいつら一軍だろ。なんかもう、キラキラ感がちがうよ。先輩、悔しいよ」  ペーが言って、運動してもいないのに噴き出た額の汗を拭く。 「一軍かー、おれら二軍とはちがう世界の住人だなー」  ちょっと哀しくなりながら言うと、 「バカだな、おれらは二軍じゃなくて三軍だぜ」  ミヤオが身も蓋もないことを言いやがる。 「え、三軍なの、おれたち?」 「ペー、いいか、よおく聞けよ。一軍は青春を謳歌しているやつらで、二軍はそこそこ楽しくも楽しくなくもないやつら。三軍はもう、それはもう悲惨なひとたち。それがおれたち」  ミヤオの解説を聞いて、「おれたちは悲惨なのかあ」と、悲惨な気持ちになった。  でもだからと言って、このどうしようもない状況はどうしようもないから、あと一年半くらいは、三軍として生きていかなきゃならないわけで。  解説を言い終わったミヤオが、また双眼鏡で通学路を覗いた。 「いた」 「六組目」  職人ふたりの作業を横目に見ながら、おれはため息。    双眼鏡もカウンターもひとつずつしかないから、三人目はやることがない。 「あ、あれ、ウソだろ?」 「いた?」 「いた」 「七組目」 「いや、でも待って、ウソだろー?」  言って、ミヤオが双眼鏡を渡してくる。  覗いてみると、そこには学校一の美少女、いわゆる百合(ゆり)ちゃんと、野球部の菊田(きくた)が一緒になって帰っている光景。 「えー、ウソだろー?」 「貸して」  ペーも双眼鏡を覗いて、 「えー、ウソだろー?」  って言った。 「百合ちゃんと菊田かー。野球部かー。そうだよな、野球部だよなー」  認めたくない気持ちと、現実が、グチャグチャ。  まだ帰らない帰宅部と、百合ちゃんとさっさと帰ってる野球部。  この気持ちをなんというのか分からないけど、いっぱい言葉とか知ってる人だったら、この気持ちを表現する言葉を知ってるんだろうな。  明日から本いっぱい読もう。 「なんか、イヤになっちゃったな。おれなんか、まだ百合ちゃんと、ちゃんとしゃべったこともないのに」  ペーが言う。 「ちゃんとしゃべってたら、ワンチャンあったかもなあ」  って、ミヤオがペーを慰めたけど、それ可能性ひくすぎるだろ。 「……おれさー、この前、百合ちゃんのこと好きすぎて、『百合』の花言葉を調べたことあんだよね」  ペーが言う。  すげえ、気持ち悪い。  けど、いちおう聞いてあげる。 「なんだって?」 「『純粋』とか『無垢』とかだって。ほんと、百合ちゃんのことだよ」 「たしかに」  純粋で無垢な百合ちゃん。    おれもまだ、ちゃんとしゃべったことないけど。 「くそー、じゃあさ、菊は? 菊田の菊は? 『バカ』とかじゃない?」  ミヤオが言う。 「ちょっと待って」  ペーがスマホを取り出して、調べはじめた。  おれもミヤオもスマホ持ってないから、ペーがすげえうらやましい。ペーも三軍だけど、それだけで、一コうえの三軍なのかもだな。 「あー、これだ。えっとねえ、『高貴』『高尚』『高潔』だって」 「勝てねえ、一ミリも勝てねえ!」  ミヤオが言いながら、金網をガシャガシャやる。 「イヤんなっちゃったなあ……あ、ポテチ食べる?」  言って、ペーが、壁のところに置いてあるカバンから、業務用みたいにデカいポテトチップスの袋を取り出した。 「食べようぜ」  おれとミヤオはうなずいて、ペーのとこまで行って座った。 「やっぱりウマいねえ、ポテチは」 「お前、こんないっぱい食べるから太るんだぜ」 「いいんだよ。ミヤオだって、けっこう太ってきたんじゃないの?」 「そうかなあ」  ふたりの話を聞きながら、おれもポテチ食べてるんだけど、やっぱウマいなあ、ポテチ。  そこで、ふとポテトの花言葉が気になったから、 「ポテトは?」  って、ペーに聞いた。 「なにが?」 「あー、ごめん。ポテトの花言葉は? じゃがいもの花言葉は?」 「あー、ちょっと待って」  言って、油で汚れた手を制服で拭いてから、ペーがスマホで調べはじめた。 「これだな」 「なに?」 「えーっとね、『慈愛』とか『情け深い』とかだな」 「たしかに。たしかに情け深いよ、ポテトは。百合ちゃんとか菊田とかが食べても、おれたちが食べても、おんなじ味だもんな。情け深いよ、じゃがいもは」  言って、ミヤオがポテチを食べる。  おれも食べた。  おいしい。情け深い味だ。    食べながら、「花言葉を知っている」ってのも教養だよなってなんとなく思って、なんか、ダラダラしてても、いかんなあって急に思えてきた。  また、ふと気になって、 「花言葉が『教養』の花はなに?」  って、またペーに聞いたけど、 「ちょっと待って、やっぱ自分で調べるわ。帰ってから」  って、言って、調べるのやめてもらった。  勉強しよう。    ここでグダグダやっててもしょうがないしなあ。    明日からマジで本いっぱい読もう。 「帰ろうぜ」  って言って、立ち上がったら、ペーもミヤオも帰る準備はじめた。 「これからいっぱい勉強とか、ほかのこととかでもいいから、いろいろがんばったら、おれも、もうちょっとキラキラしてる青春時代を過ごせるのかなあ?」  って、言ったら、 「まあ、そうね。がんばろうぜー」  ってミヤオが言って、 「おれも、なんかがんばるわー」  ってペーが言った。  おれもミヤオもペーも、これからなんかがんばるかもしれないし、がんばらないかもしれない。  でも、「がんばりたい」っておもっただけでも成長だと思う。  思うことにする。  そう決意したけど、今はとりあえず、ポテチ食べてノドがカラカラだから、すげえコーラ飲みたい。
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