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「36.8℃」
「鯖さんは36.8℃か」
「黒ぶちは36.5℃……いけない、温度が下がりすぎてる。温めなければ」
聞き慣れた声で目が覚めた。
姉だ。本来ならこのベッドにいるべき人物。昨夜もこたつで眠りこけていたはずなのに、何故かハツラツとしている。まだ母すらも起きていない、深夜に近い時間なのに。体温計を手にして、なにかぶつぶつと呟いている。
狸寝入りをきめこもうとした時だった。
視界に鍋と食品温度計が入った。台所で母がよく使う大きめの鍋が一つと、私がお小遣いを貯めて買った食品温度計が一つ。姉が、もう片方の手に持っていた。
一気に頭が覚醒した。
あれはただの食品温度計ではない。250℃まで温度が計れる製菓専門の高級食品温度計だ。主な活躍場はイタリア式メレンゲのシロップ用で、私はまだ開封しかしていない。
そもそも、手にいれるのに本当に苦労したから、普段使いはしないと決めている。
ド田舎の地元には調理器具店は一店舗。車でとばして一時間、自転車で二時間以上かかる。我家は山奥で、ほとんどの配達が困難のため、ネット通販もろくにできない。
私は何度も下見をしてからあの一品を選び抜いた。
免許証を持っていないから、自転車で通った。往復四時間だ。
文字通り、あれは汗と金と時間の結晶なのだ。
それを、姉はニャンモナイトにできる僅かな空間、前脚と後脚とが重なる中央。乳児の小指の先くらいの隙間に差しこもうとしている。こんな非人道的行為、見過ごしてはならない。
とめなければ。
勢いよくかけ布団を蹴りあげる。
ぶわぁっ。
ホコリが舞いあがった。
真冬の空気が体にはりつく。寒い。氷で出来たバスタオルを巻かれた気分だ。
ベッドからどさりと布団が落ちた。が、猫たちは起きない。ピクリと耳が動く程度だ。こんなにのんびりしているから、姉に体温を計られるのだ。まあ、だからといって、手を出していい理由にはならないけれども。
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