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エピローグ
「ねえおとうさん。これ何?」
20代くらいの女性が初老の男性に話しかけた。男性はお茶を淹れていた手を止めて女性が指しているものを見た。
そこには鉢植えに一つの植物が植えられていた。植物は窓から差し込む光を目いっぱい受けて丸い緑の葉っぱを豊かに蓄えていた。
「ああ、それか。それはな、お父さんにとってとっても思い出のあるものなんだ。離婚して、仕事もなく自堕落になっていたお父さんに、もう一度頑張ってみようって思わせてくれたんだよ。あれからもう10年以上経つのにまだこんなにたくさんの葉っぱをつけて、今年もたくさんの実をつけてくれるんだろうなぁ。」
「10年ってすごいね。よく枯れないね。でも正直あんまり綺麗じゃ無いね。」
「そうか?父さんにはとっても綺麗な植物だと思うけどなぁ」
「名前は?なんていう木なの?」
「カネノナルキ」
「え?」
「金の生る木、お金が生える木って書いてカネノナルキ。」
「ふふっ、何それ。変な名前。」
「そうだ、翠花(すいか)!お参りにでも行こう!近くに神社があるんだ。お前の卒業祝いも兼ねて」
「えぇ〜やだぁ。だってお父さんが神社に賽銭する時くれる五円玉、いっつも汚れてて汚いもん!あれじゃあバチが当たっちゃうよ!」
「大丈夫、大丈夫。確かに汚れているかもしれないけど、でも、きっとご利益があるさ。だって・・・」
「だって・・・何よ?」
「いや、何でもない。さあ行こう。」
そういって娘と連れ立って玄関を出る男は、扉が閉まる前もう一度振り返って鉢植えの上で生き生きと葉を広げる木を目を細めて眺めていた。
その柔和な表情はあの時の地蔵のそれと全く同じ優しいものであった。
(完)
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