夢幻

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夢幻

 帰宅した男は体の冷えてるのに気づいた。無理もない。真冬の深夜に夜道で地蔵相手に着せ替えごっこをしていたのだ。体も冷えるというものだ。急いで湯を沸かして、体を洗い湯船に浸かる。体が芯から温まってゆくのを感じた。 「ふい〜」  そして男は今日という一日を振り返ってみた。久しぶりの面会日。娘に会えると思って楽しみにしていたのに・・・。そのために服屋をいろいろ尋ねて女性店員と一緒に悩んで、服まで買ったのに・・・。娘は受け取ってくれなかった。離婚してもうすぐ2年だが、まだ娘とは満足な会話ができていない。あの手この手を使って娘を振り向かせようと腐心しているが、まだ娘は男の方を向いてくれない。  「で、いつになったらあんたは手に職をつけるわけ?」妻の痛烈な一言が思い浮かぶ。娘に服を拒否されてしょげていた男の背に追い打ちをかけるように投げかけられたのがそのセリフだった。  男に親権が残らなかった理由がそれであった。男は現在フリーターである。もちろんだらしのないというわけではない。そりゃあ少しは抜けているところはあるかもしれないが。3年前勤めていた会社が倒産したのだ。ついていなかったと男は思っていた。  失業してしばらくはアルバイトなどで食いつなぎながら生活していたが、いつまでたっても再就職が見えない男の姿に呆れた妻が離婚届を突きつけたのが2年前だ。 「金さえあればなぁ〜」  男しかいない風呂場に彼のため息がこぼれ落ちる。自分に定職があれば、いや娘を養育する資格たるだけの金があれば、今頃は・・・。  そんなことを考えているうちに男の意識は遠のいていた。 ・・・ 起きなさい・・・ 起きなさい・・・ 起きんか!!バカモン!! 「ゴボッブハッ・・・ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!・・・あれ、俺いつの間にか眠っていて・・・危ねぇ・・・溺死するところだった。」  湯船に頭まで浸かっていた男は慌てて頭を出し、むせながら荒い呼吸で酸素を肺に急いで取り込む。危うく死ぬところだったことにゾッとしつつ男は自分を起こしてくれた何者かの声のことを思い出す。 「あれ、じゃあ俺を起こしてくれたのは?」  その時男は自分の目の前の湯から泡がぶくぶくとなっているのに気づいた。 男が怪訝な顔つきで眺めていると、その時、水中から大きな灰色の物体が勢いよく出てきた。 「うわぁ!!!なんか出てきたぁ!!!ってお地蔵様ぁ!?」 それは先ほど男が着せ替えして遊んだ地蔵であった。男の脳裏に「罰」の文字が浮かび上がる。瞬間、男は湯船から飛び上がるように立ち上がり、風呂場で土下座をした。 「すんません、すんません、ごめんなさい。ちょっとふざけてました!天罰はやめてぇ!」 「・・・」 地蔵からの返答はない。戦々恐々として下を向いている男に地蔵の声が降ってきた。 「よいかな、よいかな。顔を上げるがよい。私は怒ってなどいない。むしろ感謝しているのだ。誰の視界にも入らずただただ朽ち果てる運命だった私に目をかけ、あろうことか服まで恵んでくれたお主に。そこでだ。お主に授けものをしようと思う。なんでも言ってみなさい。」 「マジっすか!?」  男は勢いよく頭を上げた。そこには湯船の水面に先ほど男が服を着せてやった地蔵がそのままの格好で浮いていた。その格好のヘンテコさに男は思わず吹き出しそうになるが、すんでのところで堪える。  男の頭に地蔵にするお願い事がよぎる。何にしようか。とても現実だとは思えないが、今の膠着した未来のない状況を変えてくれるかもしれない。そんな風に思った男は今一番叶えて欲しい願い事を口にした。 「お金が欲しいです!それも今だけじゃなくてずっと。定期的に!定期的な収入が欲しいです!!」  そう言ってから男は流石に無理なお願いかなと思った。いくら地蔵様で叶えられるものとそうでないものがあるだろう。そう思って地蔵の顔を見ると地蔵は柔和な笑みを浮かべていた。 「お金か。人間たちがよく私の前に投げ入れるものだな。そんなものでよいのか。それなら叶えてあげよう。」 「本当ですか!?」  男には地蔵の言葉が信じられなかった。半信半疑の男の表情を読み取ったのか地蔵が続ける。 「明日、再び私の元を訪れるがよい。私の前に一本の木を生やしておこう。その木を育ててみなさい。お主の欲しいお金が生るであろう。それでは。」  そういって地蔵は再び湯船の中にぶくぶくと沈んでいった。しばらく男は呆然としていたが、我に帰り、慌てて湯船の中を覗き込んだ。そこには先ほどまでの出来事など何もなかったかのように透明なお湯が揺らめいているだけであった。 「夢じゃ、無いよな」  男は夢かと思って古典的だが頰をつねってみたが、痛いだけだった。しばらく先ほどの出来事が夢のことか現実のことか考えていたが、結局今となっては判断などできないと諦めた。 「もういいや、・・・寝よう。」 男は床についた。
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