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水平線の隙間
水平線に隙間ができていた。ただでさえ遥か彼方まで広がる海面が、その先までもが見通せるかのような、そんな隙間ができていた。海と空が出会う一筋の線が、ぼやけたり揺れたりすることなく、真っ直ぐで透明な、髪の毛程の細い線となって、一隻の船が浮かぶだけの海上の世界の縁をぐるりと私を中心にして囲っていた。
その限りなく透明な世界の隙間を、私はじっと見つめていた。はじめに見た時はただ驚いてこの現象が何によるものなのかと目を凝らして見ていた。だが、そうやって見ているうちに、その水平線のあまりのクリアさに私のあらゆる意識の動きがまるで吸い込まれていくかのように、私は何も考えることもできなくなり、ただじっと無心でその水平線を見つめるようになっていた。
透明で穢れや意識の動きさえもない純粋な世界がその水平線の先にあるかのように思えた。そうやっているうちに、私は船の上にいるのではなく、船と水平線の間、つまり海の上にいるように感じていた。徐々にその水平線の方へと吸い込まれるようにして私は海の上を移動しているかのように感じていた。
私の意識がその水平線のようにクリアになればなる程、私はその水平線に近づいているように思えた。だんだんと「私」という感覚がなくなっていくのがわかった。
はじめは髪の毛程の細さだったその水平線は、徐々にその幅を大きくしていった。だがそれは近づいたからそうなったのではなかった。私は水平線に向かいながら自分でも気が付かない程ゆっくりと高度を上げていたのだ。
そうやって今度はだんだんと海が遠ざかっていく。それに従って透明な水平線の幅は徐々に大きくなっていく。
高度を上げる程に透明な世界の縁はその領域を広げていった。世界はただ澄み切った光だけの世界へと変わっていく。
まだ下の方に海が見えている時に私はふと思った。「私」とは、「世界」とは、なんだろうか、と。
いや、そもそもその問いは成立するのだろうか。徐々に私を呑み込んでいくこの透明な何の変化もない光の世界において、何かの「意味」が生じ得るのだろうか。
どこまでも、どこまでも透明で、揺らぎの一切ない光の世界そのもの。そんなものが私達の世界の縁をかたち作っている。
消えゆく「私」が最期に思ったことは、そんなことだった。
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