脅迫

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脅迫

「やあ、長谷川くん、いらっしゃい」 登坂は、他に誰もいない医局で、人当たりのいい笑顔を作って理人を出迎えた。いつもの銀縁眼鏡をはずし、デスクに置く。 「登坂先生・・・」 「まあそんなに緊張しないで」 「・・・脅迫ですか」 「物騒だなあ・・・そんなことしないよ。いいからちょっと座って」 黒瀬より5、6歳若く見える登坂は、若い頃スポーツをしていた名残か、がっちりと筋肉がついた大柄な男だった。身長は理人とそう変わらないが、体つきのせいで大きく見えた。 理人は慎重にローラーのついた椅子を引き、ぎりぎり登坂の手が届かない距離で腰を降ろした。 登坂はデスクに肘を付き、いぶかしげな表情の理人を、再び足下から頭に向かって舐めるように見た。 「また、れんに会えるなんて思わなかったよ・・・嬉しいな」 「・・・その名前は、もう・・・」 「ああ、ごめん。長谷川くん。ええと、名前は・・・みちと?まさと?」 「・・・りひとです」 「りひとって読むのか。かわいいね。・・・黒瀬教授もそう呼ぶの?」 黒瀬の名前が出て、理人の身体がひとりでに緊張する。思わず強い視線を登坂に向けたが、理人はすぐに後悔した。 登坂は楽しそうに、くくっと笑った。 「やっぱりそうか。あの人男もイケるって本当だったんだ~・・・どう?黒瀬教授はそっちの方、いい感じ?」 「帰ります・・っ!」 立ち上がった理人の手首を、昼間のように登坂が掴んで止めた。 締め上げられた痛みで、理人は顔を歪めた。 「離してくださいっ」 「・・・これ」 もがく理人の目の前に、登坂が携帯の液晶画面を突きつけた。 画面には、9年前にウリ専をやっていた頃の店のプロフィール写真が映し出されていた。今よりかなり若いが、理人とわかる。 「他にも・・・動画持ってるんだよね、俺」 登坂の声色が急に低くなった。 「覚えてない?れんのこと、結構指名したよ」 理人の脳裏に、抹消したはずの記憶が急激に蘇った。 三日と開けず指名してくる常連客。他のボーイには目もくれず、理人ばかりを指名して、そのうちに無言電話や莫大な量のメールを送ってくるようになり、引っ越しても引っ越しても、ストーカーをしてきた男がいた。 理人が店を辞め、しばらくして被害は無くなったが、そのころ理人は精神をやられて、食事も喉を通らなかった。 理人は登坂に捕まれた腕から、悪寒が全身に広がるのを感じた。 膝が笑って、脚が動かなかった。声を出そうにも、首を絞められたかのように息苦しくて、吸うことも吐くこともままならない。 「待ってよ。大丈夫だから・・・あのときのことは反省してるんだ」 登坂は言葉とは裏腹に、湿った視線を理人に浴びせた。 がたがた震える理人の手をしっかりと捕らえたまま、携帯電話を見て登坂は言った。 「もうストーカーなんてしないよ。俺も家庭があるんでね。ただちょっと楽しみたいだけ」 登坂は掴んだ手を急に解放した。その勢いでバランスを崩し、理人は隣のデスクに体当たりして、崩れ落ちた。 立ち上がろうとする理人の頭上が、ふっと暗くなった。 大柄な登坂が携帯の画面をかざしながら、覗きこんでいた。 「黒瀬教授って、知ってるの?君がウリやってたこと」 理人は血の気が引いた。それを見て、登坂はにんまり笑った。 「知られたくなかったら、ちょっと触らせて?」 「・・・え・・・っ・・」 「別に脱げとはいわないからさ。着たままでいいよ?」 「いっ・・・嫌です、そんなことっ・・」 「いいの?俺、動画も持ってるって言ったよね?黒瀬教授のPCに送っちゃうかもしれないけど・・・」 「な・・・なにが目的なんですっ・・」 「だーかーらー、楽しみたいって言ってんじゃん。で・・・どうする?」 そう言って登坂は、写真を動画に切り替え、携帯電話をもう一度理人の顔のまえに突き出した。 画素の荒い映像が再生をはじめ、理人はそこから顔を背けた。 登坂の含み笑いが、動画の音声に被さる。 「・・・どうすれば・・・いいんですか」 目を背けたまま、理人は声を絞り出した。悪寒は止まらなかった。 登坂はこの場に不似合いな、人当たりのいい笑顔で答えた。 「ちょっと、こっち来て?」 立ち上がれない理人の腕を掴み、馬鹿丁寧に登坂はパーテーションの奥のスペースへ誘った。 仮眠用のベッドが一つ設置されていた。 理人は無意識に、開いている腕で自分を抱きしめた。 「そんな怖がらなくてもいいよ。犯したりしないから・・・そこに、仰向けに寝てくれる?」 登坂は理人の後ろに回り込み、出口を塞いだ。理人は諦めて、重い足取りでベッドに上った。 「あ、白衣は脱いで。ネクタイも」 抗議することも出来ず、理人は言う通りにした。ワイシャツとスラックスで、仰向けになると、登坂は上からぎらつく視線を落とした。 理人は近づいてくる登坂の顔を避けるように、横を向いて唇を噛んだ。 登坂の手が、ネクタイをはずしたワイシャツの上を滑り出す。 「れん、可愛いね」 源氏名を呼びながら、登坂の指は理人の乳首を布越しに弄んだ。 理人は堅く瞼を閉じて、登坂の指の感触に反応しないように堪えた。 登坂の指は執拗に乳首を愛撫してから、するすると腹から鼠径部に降りていった。 まだ客だった頃、登坂は理人の脚を病的なほど好んだ。 太腿や膝の裏、ふくらはぎを舐めることが好きで、特に、足首に異常なほど執着した。 登坂の掌が膝の裏に差し込まれ、膝を立てた格好にさせられる。 太腿を裏側から撫で、反対の手がスラックスの裾からふくらはぎを触りながら侵入した。素肌に直接触れた登坂の指に、理人は背筋が凍った。 外側を責める手が、太腿の丸みを越えて、両足の間へ近づく。 触れるか触れないかのところで、止まり、また動く。 脚の付け根をなぞるように、中へ滑らせ、そこに到達した時、堪えきれず理人はがばっと身体を起こした。 「も・・・もう、いいでしょう、やめてくださいっ」 恍惚とした表情をしていた登坂は、急に中断され、ちっと舌打ちした。 「まあ、今日のところは、こんなもんかな」 「きょ・・・今日?!」 「明日も、同じ時間にね。長谷川くん」 驚いて固まった理人に見えるように携帯電話を振って、登坂はパーテーションの向こうに消えた。鼻歌を歌いながら出て行く足音が遠ざかる。 理人は勝手に震える身体を引きずるように、麻酔科の医局を出た。
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