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「合い鍵があるんだから、勝手に入ってきていいと言っただろう」 「すみません・・・慣れなくて・・・」 黒瀬は文句を言いながらも、理人を抱き寄せ、優しくキスをした。 玄関先で、理人は黒瀬の首に巻き付き、離れようとしなかった。 「どうした・・・?」 理人は黒瀬のバリトンに包まれ、張りつめていた気持ちが緩むのを感じた。 「一樹さん・・・お風呂・・・」 「ん?」 「一緒に入りたい・・・」 「・・・よしよし」 黒瀬は理人が何かにおびえているのを感じ取った。 黒瀬は大きなバスタブの中で、理人の身体を後ろから抱えて言った。 「理人・・・何があった?」 「・・・・・」 理人は透明な湯を両手ですくって、指の隙間からこぼれ落ちていくのを黙って何度も繰り返した。 何も言わない理人に両腕を回し、引き寄せて黒瀬は言った。 「俺にも言えないことか」 理人は胸のまえで自分を抱きしめる黒瀬の腕に唇を寄せた。手首から、指先までキスして、その手を握ってぽつりと言った。 「一樹さんは・・・もし僕が、何か秘密を持っていたら・・・どう思いますか」 「秘密?」 「たとえば、入れ墨があるとか・・・」 「どこにもないぞ?」 「たとえ話ですっ・・・くすぐったいです、もう・・・」 黒瀬は湯の中で理人の身体をあちこち触って笑った。それから理人の耳にキスして、言った。 「秘密なんか誰にでもあるだろう。人間、ない方がおかしい」 「一樹さんは、秘密・・・ありますか?」 「俺か?そうだな・・・誰も知らないほくろがある」 「ほくろ?」 「・・・ここに」 「ふざけてますよね」 「本当にあるぞ。見るか?」 「み・・・見ません!」 理人は黒瀬の顔にばしゃばしゃと湯をかけた。 黒瀬は理人を愛するうちに、深い闇があることに気がついていた。 兄の真人にも感じた、同じ罪を背負う共犯者感。理人にはそれに加えて、孤独感が強く、信じられる相手にしか決して心を開かない。表面だけの張り付いた笑顔には感情が無く、しかし職場の人間は誰もそれに気づかない。黒瀬にもまだ、完全に心を開いたわけではなく、時折見えない壁を作っていた。 「お前が宇宙人だろうと、借金があろうと・・・あとは何だ、とにかく秘密があったって、俺は全く気にならんぞ。そもそも男同士の時点で、世間的には秘密を持ってることになるがな・・・」 「一樹さん・・・」 「ただ、何か困っていることがあるなら、ちゃんと言え」 「はい・・・」 黒瀬は理人の唇を塞いだ。理人は、湯をかきわけて、黒瀬の首に両腕を回した。 理人は黒瀬の手で愛撫されながら、昼間のおぞましい出来事を心の奥にしまい込んだ。この腕の中にいればきっと大丈夫と、自分に言い聞かせながら。 それでも翌日、理人はアドレスを知らせていないはずの登坂から、背筋の凍るメールを受信することになる。 「メールしたのに・・・返事くれないなんてつれないね」 「・・・どうして僕の連絡先を・・・」 「俺、そっちのほう得意でね。個人情報とか操作するの、簡単だよ?」 「・・・犯罪ですよ」 「大丈夫。捕まらないから」 人当たりのいい笑顔で、登坂は携帯の画面をまた理人に向けた。 妻がいて、娘もいるという。ごく普通の家庭を持ち、医師という仕事に従事しながら、笑顔でこんなことをのたまう。 理人は、昨日とはまた違う恐怖を感じた。 おそらく住所も知られているだろうと思うと、さらに悪寒が走る。 「で、メール見たんなら大丈夫だよね」 「・・・い・・嫌です。服は着たままでいいとこの間・・・」 「それはこの間の話ね。上半身だけでいいって書いたでしょ?何も全裸になれって言ってないよ」 「そ・・・それでも、嫌です、そんなことどうして僕が・・・」 「・・・院内全部」 「え・・・?」 「黒瀬教授だけじゃなくて、院内全部のPCにも送れるんだけど。得意だって言ったよね?」 「・・・最初からそのつもりだったんですか・・・っ」 「小出しにするつもりだったんだけどねえ・・・君が強情だからさ」 登坂は笑顔のままデスクを立ち上がった。理人が後ずさる前に、腕を掴んだ。無骨な手が、ぎりぎりと理人の腕を捻る。 「痛っ・・・」 「俺ね、柔道部だったんだ。黒帯だよ。あんまり抵抗しないほうがいいと思うなあ」 登坂のにんまり笑った顔が、理人の心を折った。抵抗をやめ、理人はあのパーテーションの奥に黙って進んだ。 「脱いで」 登坂に監視されながら、理人はネクタイを解き、ワイシャツのボタンを外した。 「前を開けただけじゃだめだよ。ほら、こっちによこして」 ワイシャツとネクタイを登坂の手に渡す理人の手が震えた。それを嬉しそうに受け取り、登坂はワイシャツに顔を埋めて、思いっきり吸い込んだ。 「ひっ・・・」 理人は思わず口を覆った。それでも勝手に悲鳴が飛び出した。 登坂はワイシャツの隙間から目だけを覗かせ、蛇のような視線だけで理人を蹂躙した。 もう後がないベッドの上で、理人は出来る限り壁の近くまで逃げた。横たわることは、恐ろしすぎて出来なかった。 登坂がベッドに手を突いて近づき、理人の肌に触れた。爪の先が乳首に触れて、理人はまた、悲鳴に近い声を上げた。 背中が冷たいコンクリートの壁に接触して、さらに鳥肌が全身を覆う。 登坂は理人の肩を壁に強く押しつけ、乳首を吸った。 理人は顔を背けて、唇を噛んだ。そうやって耐えるしかなかった。 吐き気が胃の奥から持ち上がってくるのを、血が滲むほど唇を噛みしめて堪えた。 登坂は乳首を含みながら、理人の首筋を淫靡な手つきで撫で上げた。 「う・・・っ・・」 理人の声に反応して、登坂が胸で囁いた。 「可愛い声もっと聞かせてよ」 登坂の腕に引っ張られて、理人はベッドの上にうつ伏せにされた。 うなじにキスをされ、理人の身体は勝手にびくんと跳ねた。ぞくぞくと悪寒が足下から上がってくる。背骨を指でなぞられて、意図しない声が出て理人は焦った。 「あぅ・・っ」 「・・・背中、弱いの?」 「違・・っ・・」 登坂の指は水を得た魚のごとく、理人の背中を行きつ戻りつして翻弄した。しかし、急に止まり、理人がもう解放されると思った瞬間、登坂が低い声で言った。 「これ・・・黒瀬教授がつけたの?」 登坂が理人の背骨の一番下をつついた。感触と言葉に、理人の腰が軽く戦慄いた。 「こんなところにつけるなんて、黒瀬教授はいやらしい人だね」 言葉が切れた瞬間、登坂の手がうつ伏せになった理人のベルトをむんずと掴んだ。抵抗する間もなかった。 ベルトがストッパーになったものの、無理矢理引っ張られたスラックスは腰骨まで降ろされ、背骨からさらに尾骶骨へと続くキスマークが露わになった。 「うわ、下まで続いてる、やるねえ・・・」 理人は顔に血が登るのを感じた。昨夜、不安がる理人を抱いた黒瀬がつけた痕。登坂は理人の反応を楽しみながら、いきなりその痕を舐めた。 「やめっ・・・触る・・なっ・・・」 身体を捻り登坂の頭を押しやろうとしても、全く動かない。それどころか腰を押さえつけられ、下半身は全く身動きが取れない。 もがく理人を見下ろし、登坂はさもいいことを思いついたように言い放った。 「この身体に他の男の付けた痕があったら、あのプライドの塊みたいな教授は、なんて言うんだろうね・・・?」 「な・・・何する気ですかっ・・・」 登坂はそう言うと、理人の右肩に後ろから歯を立てた。
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