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出会い
黒瀬一樹は、病院の薬窓口で、薬剤師の長谷川理人に出会った。
かつて、結婚生活を捨ててまでのめり込んだ男の、双子の弟。
その美しい顔の造形は、兄よりも女性的で線が細く、黒瀬の無意識の情欲をかき立てた。
仕事終わりに半ば強引に食事に誘い、別れ際には黒瀬は本来の目的を忘れていた。
昔の恋人の消息を知りたかったはずが、目の前の華奢な青年を、いつのまにか抱きしめたい衝動に駆られていた。
それが、恋とは知らずに。
「待って・・・待ってくれ。もう少し話がしたい」
ひとまわり以上も年上の男が、息を切らして追いかけてきたことに、理人は驚きを隠さなかった。咄嗟に掴んだ腕を、痛そうに引こうとする理人の表情に、黒瀬は我に返った。
あわてて手を離したが、理人は逃げることはなかった。
「黒瀬先生?」
「君のことが・・・知りたいと言ったら・・・迷惑だろうか」
理人は細い手首を自分の手で押さえたまま、黒瀬をいぶかしげに見上げていた。
「どうして・・・僕を?」
黒瀬は自分の心臓の音がうるさいと感じた。走ってきたからだ、と言い聞かせて黒瀬は言った。
「君が、知りたいんだ。教えてもらえないだろうか・・・私に・・」
「僕の何が知りたいんですか。兄の、代わりですか」
兄、と言った理人の顔がわずかに曇る。
「それは違う!純粋に、君のことを知りたいと思った。会ったばかりでこんなことを言ったのは・・・恥ずかしいが、私も初めてなんだ」
一息に言い切ると、理人がふわりと微笑した。
「まるで・・・愛の告白ですね」
少し哀しげな理人の笑顔に、黒瀬の心臓はいよいよ激しく打ち始める。
この青年を、自分のものにしたい。邪な思いが頭をもたげる。
「・・・っ確かに・・・そう取ってくれても構わない」
しかし一転して表情に影が差し、理人は答えた。
「僕は、やっかいな人間です。きっと先生は幻滅します」
「私は君よりも、ずいぶん長く生きてる。そんな心配は・・・」
「幻滅されて、捨てられるのは・・・嫌なんです」
「捨てたりしない!絶対に!」
「口ではどうとでも言えます。僕は簡単に人を信用しないたちなので」
「では、どうすれば信じてもらえるんだ?」
理人は黒瀬から視線をはずし、考える素振りをした。
「どうでしょうね・・・」
「証明してみせる。私が本気だと・・・どうすればいい」
理人は、射るような瞳で黒瀬を見つめた。
そして、低い声で言った。
「・・・今、僕にキス出来ますか。この人通りの多い、道の真ん中で」
「・・・っそれはっ・・・」
黒瀬の逡巡に、理人は、再び哀しげな、自嘲的な笑顔で言った。
「そうでしょうね。・・・それでは、失礼します」
理人は笑顔をそこに残し、踵を返した。もう二度と会うことはないと言わんばかりの背中が、黒瀬を動かした。
「待っ・・・」
言葉よりも早く、黒瀬の手が理人を引き留め、振り向かせた。
23時過ぎの、サラリーマンや店から見送りに出てくる女性たちで賑わう通り。
黒瀬は理人の身体を抱き寄せ、キスをした。
通りすがりの人々の好奇の視線、酔っぱらいの冷やかす声、女性たちのひそひそ話す声、黒瀬には何も見えず、聞こえなかった。
ただ、理人の唇の感触だけが黒瀬を包んだ。
唇を離して、理人の顔を見た瞬間、黒瀬の理性が崩壊しはじめた。
理人は信じられないという表情で、頬を紅潮させ、黒瀬を見ていた。
黒瀬は行き交う人々の隙間を縫って、理人を連れて歩き出した。
「ぅん・・・っ・・」
見つけたホテルの部屋の鍵を開けると同時に、黒瀬は理人を抱きしめた。
街中でキスした理人の唇は、ホテルに着いた時すでに熱を持っていた。
黒瀬が理人の手を掴むと、理人は指を絡めて来た。しばらくの間貪るようにキスを続け、黒瀬は理人のジャケットに手をかけた。理人も黒瀬のコートを剥がそうと手を伸ばした。
ネクタイを緩め、ワイシャツをはだけ、開いた胸に黒瀬がキスすると、理人が小声であの、と呟いた。
「シャワー・・・浴びたい・・です・・・」
「・・・そのままで構わないよ」
理人はそれでも首を振り、黒瀬が脱がせようとする手に抗った。
「わかった・・・」
理人は申し訳なさそうにうなづいた。
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