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第4話
井筒は恩田の部屋の前に立っていた。部屋のコールを鳴らすとすぐに恩田が出てくる。その後ろには、ライブ後に案内をした冴えない男がいた。
「お前、なんでこんなもの……あ、すみません。恩田がお世話になってます」
「あれ、阿南の部屋にいたの?井筒さん」
恩田の指摘に一瞬どきりとするが、まあな、と答えてごまかした。
「あー、打ち合わせしてたんだよ。今度の出演番組の共演者のことでな」
「またなんか女性関係?井筒さんも大変だよね。阿南のあれは病気だよ」
ははっと軽く笑う恩田だったが、井筒の方には笑える話ではなかった。はあ、とため息をつきつつ、ゲームを渡す。
「うるさい。わかってんならお前まで手間かけんなよ」
「はいはい、ありがと。感謝してますよって」
「どうだかな」
後ろでビクついている顔が見てる。桜庭の名前は覚えているが……柴咲、そうだ、柴咲だ、と彼の名前を思い出した。
(桜庭さんの連れってことはこの人もゲーム関係かなんかか……?そう言えば、恩田がこの前オフ会に行くだのなんだの言ってた目当てのやつか。そいつの実況にハマってるだとか伊関が話してたな)
最近の恩田は妙に明るくなった。それに仕事へのスタンスも変わったように思う。その話を別メンバーの伊関としていた際、めちゃくちゃゲームにハマってて有名な実況者のファンになってるだのなんだのと言ってたな、と。
(あー、そういや、実況者でライターなんだったか?なんかの時に聞いた気もするが忘れちまったな。まあ、睡眠に影響でない分には趣味もいいだろ)
少しは人間味が増してくれた方がありがたい。デビューしたての頃の恩田は、随分とスレたガキだったなと思い出す。変に器用で賢くて。あからさまな態度には出ないが……何か気の抜けた人形みたいなこともあった。それを思うと、いろんな意味でホッとする。
「柴咲さん、恩田がすみません。ご迷惑でなければ、少しおつきあいいただけますか」
「えっ、あ、は、はい……」
「遅くなるようでしたら、私がお送りしますので。遠慮なくご連絡ください。連絡先は恩田が知ってますので」
営業モードで話をしたが、やはり相手の返事は冴えない。井筒もさっきまでの阿南とのやりとりで気分が悪いのを隠すので精一杯だ。
早々に恩田の部屋の扉を閉めると、はあ、と思わずため息が漏れる。高級ホテルの廊下なのに、気分は沈むばかりだった。
(もう、今日は自分の部屋に戻っていいよな)
今日はゆっくり眠りたい。
さっきまでのステージを思い出すと、少し気分がよくなった。よく練られたステージ構成。最新の映像技術。それに負けないパフォーマー。客席の熱気。ああ、こういうのが見たかった、と。柄にもなく思ってしまったのだ。
残りは大阪と名古屋。そして、まだ発表していないが、少し期間をあけてから凱旋公演がある。……あの大舞台で、あいつらのステージを見たい。そのために、自分は働かなくてはならないのだ。
(……まじでどうにかしねえとな)
俺のためにもあいつのためにも、そう思って、井筒は自分の取っている部屋へと戻ることにした。
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