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「阿南」
「何ー?いちゃつく気になった?」
「明日、っつってももう今日だが、朝10時スタジオ入り。収録終わったらレッスンで残り四人と合流。お前だけ歌入れ遅れてるから明日も長くなると思っとけ」
「……なんだ。仕事の話か」
はあーと阿南はため息をつくと、子供のように口を尖らせ、セックス終わって三分後に言う話かなあと拗ねる仕草を見せた。だが、井筒は目を細めて眼鏡をかけ直すと、後、夜は接待飲み、と告げる。
「えー、まじ!?今度は何」
「広告代理店のキャスティング部門。担当が女らしいから適当に。長くならないように努力する」
「あー、はいはい」
「おい、真剣に聞けよ。後、次の日から……んっ……」
井筒が小言を言おうとした瞬間、阿南の腕が伸びて二人の唇が重なる。舌で濡らしてくるその動きに、やめろ、と井筒は拒否を示し、体を起こした。「井筒さんのケチー」とごねる阿南を睨みつけて、舌打ちをする。
「じゃあ、俺はシャワー浴びてくるから。お前、どうせ寝ちまうんだろ。明日の朝は早めに電話して起こすから、シャワーと飯は自分で済ませろよ。朝、この近くまで車つけに来る」
「え、待って待って。今から家帰るつもり!?もう二時過ぎてるんだけど!」
嘘、と阿南が体を起こして井筒の腕をとるが、井筒はそれを振り払うようにして彼を睨んだ。
「明日、お前の家から服持ってくるわ。適当に見繕うからセンスには文句つけんなよ」
「えー……じゃあ、今から俺の家帰ろうよ。それか井筒さんの家に……」
「嫌だ。お前は今すぐ寝ろ。肌に影響が出る。つか、もう寝る時間だ。速攻で寝ろ。今すぐに寝ろ。俺はまだ明日の朝までにさばいとかなきゃいけねー仕事があんだよ。誰かさんがここに連れ込んだおかげでな!持ち帰りの仕事がよ!」
「あー……はい……すんません……」
「わかったなら、さっさと寝ろ」
そういった井筒はベッド周りに散らばった服たちを拾い上げる。それを見ていた阿南は、なんだよ……とまた文句を言った。
「たまには朝まで一緒にいてもいいじゃん?」
「は?」
「だって、今までのコとはそうしてたし。家にだって行きたいのに……井筒さん、家行くのだめって言うし……仕事だって明日に回せば……」
「お前がそれを言うか!?」
「いや、盛ったのは俺のせいだけどー……井筒さん、仕事し過ぎ……」
阿南がそう言ってごねるのに、井筒は大きなため息をつく。それに阿南がビクッと反応して、だって、と言い訳をし始めるようにモゴモゴし出す。ベッドにあったクッションをだきしめて、チラチラとこっちを見るのに、井筒はまたため息をついて眼鏡の位置を直した。
「阿南、よく聞け。俺はお前のそのゆるーい下半身管理のために、女の代わりになってやるとは言ったが、お前にソレ以外・以上の時間をくれてやる気はない」
「……そうだけど。はっきりし過ぎっていうか……」
「は?」
「いえ、なんでも、ないっす……」
「そもそもお前が女の管理をちゃんとできりゃぁ、こんな馬鹿みたいなことしなくていいんだが?」
「いや、流石に馬鹿みたいって言い過ぎじゃない?」
ヘラっと笑う阿南の顔に、なんだかまたムカついて、井筒は拾い上げた服を持つと無言のままバスルームに向かっていく。
ベッドの上に一人ポツンと残された阿南は、自分のスマホでスケジュールを確認しながら、はあ、と大きなため息をついた。
「馬鹿みたい、ね」
自分と彼の関係を思いながら、シャワーの音をきく。その音の中で、彼が尻の違和感を緩めるのに温めてたりするんだろうかと想像しては、また興奮してしまいそうな自分に少し引いた。
湿った空気の中、隣の空間には彼のいた痕跡が残っている。汗の匂い、熱くなった体温の残り、そして、欲望の残滓がシーツを汚しているのだ。
その痕に鼻を埋めながら、さっき、めちゃくちゃ気持ちよかったなあ、と思い出す。そして、そのあとの冷たい言葉も。
阿南は諦めるように独りで呟く。それは悲しい自嘲を含むような声。
「まあ、俺たちみたいなアイドルは恋愛禁止だしな」
その皮肉はシャワーの音にかき消されて、井筒には届かないのだろう。
そもそも、彼はもとより自分の言葉など聞いていないのだけれど。そう諦めた阿南は、静かに目を閉じて、彼の言った通り、眠りにつくことにした。
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