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いつものように目覚ましが鳴る。早朝から仕事の時は井筒が起こしてくれるけれど、普段だって実は規則正しい生活をしている。井筒に甘えたふりをしているだけだ。
スマホに話しかけて部屋にBGMを流そうとして、ふと思い留まった。自分の隣を見ると、井筒の背中があって、うわ、と思わず体を起こして背筋を伸ばす。
(井筒さ、じゃない……圭さんが、俺の部屋で朝まで……!)
二人とも裸のままだ。一度シャワーを浴びに一緒にバスルームに行ったけれど、その後もベッドで抜きあってしまって、まだ肌は少し汗ばんでいる。
ずっと好きな人。今までもセックスはしていたけれど、やっと本当に繋がれた気がした。
(寝顔……寝顔、可愛い……眉間に皺寄ってない………っ)
いつもであれば井筒はすぐに帰ってしまう。まともに寝顔を見るのは久しぶりな気もして、阿南は……いつかの日を思い出した。
あの日、うたた寝をしている井筒にキスをしてしまおうと思ったのは何故だったか。自分は恋人にはなれないのだとどこかでわかっていて、ヤケになって……気持ち悪いと詰られて振られてしまえば、この苦しい恋から逃げられるのではないかと思っていた。そんな気もする。
「ん……」
そんな穏やかな寝顔の眉間に一瞬シワが寄ったかと思いきや、井筒が、うう、と唸って目を覚ましたようだ。正確には目を閉じたまま、ん、ん、と何かを探しているのがわかったので、これ?と充電に繋いだスマホを渡す。
「あー……寝すぎたか」
「え?もっと早くに起こした方がよかった?」
「いや、平気」
ぼーっとしている井筒は見つめてくる阿南に「何見てんだよ?」と訝しげな視線を送る。甘くはない空気に阿南は少し落胆しつつも、まだ寝そべったままの井筒の隣に潜り込み、ねえねえ、と甘えるような声を出す。背中側から井筒のスマホを覗き込むようにくっつくと、井筒がおいとそれを咎めた。
「んだよ……さすがにもうしねえからな」
「違う違う。仕事の確認。昼からだったよね。今日の予定は?」
「雑誌の取材をハシゴだな。あと、夜はキャスティング関連での接待会食」
「はー……他のメンバーはオフだよね……いいなあ」
「まあな。まあ、もう少ししたらお前も休み取れるはずだ」
「はずって……」
ぶぅっとむくれる阿南だったが、いや、まあ、そうだよな、と自分の環境を省みて、はあとため息をつく。
「はい。わかった。頑張ります」
そんな阿南の言葉に、井筒は少し考えると、背中側にくるりと向きを変えて、阿南と向き合った。
「?」
「あー、なんだ……今度の休みは、一緒に温泉でも行くか」
「えっ!?えっ、ほんと!?」
「……いや、やっぱりお前と俺の休みなんて合わねえな……。そういう仕事作ってロケハンでもいいな。ツアーDVDの特典映像とか」
「いやいや、そこは完全にプライベートで行こうよ……っ!」
なんでそこで仕事のことを思いつくの……と阿南は呆れ、期待して損したーと茶化してみたが、胸の奥が期待でバクバク言っている。
(……めちゃくちゃ嬉しい……仕事がんばろ……っ!)
あー、と声を出しながら体を起こす井筒を見て、慌てて自分も起き上がる。優しくはしたつもりだけれど、それなりに盛り上がってしまったし、いや、自分的には人生最高の盛り上がりだったので、ちゃんと優しく労わることができたかは自信がない。まだぼうっとしている井筒に、色々としてあげたいと思うのは自然なことだった。
「腰痛くない?あ、お水とか持ってこようか?あと、朝食は俺が作るから、井筒さん、朝ってパンでも……」
一気にそんなことをまくしたて始める阿南に、井筒は半ば呆れたのか、お前なあ、と少し白い目線を送る。まあ、その耳は赤いのだけれど。
「お前、俺をなんだと思って……」
「恋人」
「っ……!」
恥ずかしそうに、けど間髪入れずに答える阿南を茶化す気にもならなかったのだろう。井筒は舌打ちをして顔を背けるだけだった。阿南は下着を身につけ、なんかプレとかに新しい下着あるはずだから探してくる!とか、本当に朝はトーストでいい?何か買ってこようか?と甲斐甲斐しく言い出した。なんでもいいよ、もう……と井筒は気だるく答え、いつものようにタバコを探す手を「あ、禁煙だな」と抑えているようだ。阿南が、ねえねえ、と井筒に迫る。
「あ?なんだ?まだ何か……」
「移動車、俺が運転しようか?」
「……お前にやらせるわけないだろ、馬鹿か」
ふわふわしたテンションの阿南の額をピンと弾くと、阿南はそれに少し驚いたあとに思わず笑った。井筒はそれを見て、何を思ったのか少しだけ驚き、そして視線を外へと向けた。
カーテンからは少しだけ光が漏れている。多分、二人は違うことを……けれど、在りし日の遠い気持ちを思い出しているのだろう。
それはきっと、少しだけ形を変えていく。
こうやって、密やかな思いは続いていくだけなのだ。
(了)
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