第2話

1/2
942人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ

第2話

 井筒圭は忙しい。芸能事務所の代表者という肩書きを持ってはいるが、人員を確保しきれておらず、自身もまだマネージャー業をしている。この会社を立ち上げて数年。立ち上げ時からプロジェクトを走らせていたNAVIOが売れ始めの兆し。今、頑張りどころだということは重々承知していて、その気力だけで仕事をしていると言ってもいい。  NAVIOは五人組のアイドルグループで、いわゆる「地下アイドル」から叩き上げてきたダンスボーカルユニットだ。今でこそ、阿南のバラエティ番組への露出と恩田の舞台でのあたりが受けて、チケット即完売だが、最初の頃は営業もきつかった。  売り上げを上げるにはそこそこの色恋営業も黙認していたし、阿南の女癖の悪さはその頃から知っている。 (学生時代はあんなんじゃなかったんだけどな……)  いい加減なところはあったが、あんなにチャラチャラはしていなかった。そもそも、幼馴染である阿南をこのグループに誘ったのは、そういう才能を見抜いたからではなく…… (……腹たつぐらいにうめー)  ブースの中から聞こえてくる声に思わず視線をやる。彼の歌声を初めて聞いたのはいつだったか。自分もバンドをしていたのだけれど、こんな声で歌うのか、と年下の幼馴染の隠れた才能に驚いた時のことを思い出した。  視線に気づいたのか、こっちを見てヘラっと笑う阿南をにらみ、井筒はその場を立ち去った。喫煙ブースで手元にあるスマホを見ると、そこにはたくさんの着信とメール。これをさばきつつ、今日の移動のことも考えて……そして、阿南の女癖を監視しなくてはならない。テレビに出始めてから、彼の交流の幅がぐっと広がって「しまった」。まだ売れ始めで泳がされているものの、いくつかいかがわしい雑誌の怪しい動きもあるし、それの火消しも井筒の仕事だった。そして、それは事実無根でもなく、本人に原因があることもわかっていたのだった。  てめえ、マジでいい加減にしろよとキレたことがある。付き合う相手は選べ、少なくとも匂わせするような中途半端なバカ女選んでんじゃねえ、股と胸しか見てねえのかてめえは、と。疲れもあって一気にキレてしまった。阿南と関係があったらしい女の匂わせ火消しに奔走したあと、別の女とのホテルに迎えに呼ばれてブチギレたのだ。そのまま送っていった阿南の家で酒を飲みながら説教をしたはずなのだが。 (なんでこうなった……)  一昨日もセックスした。今日もしたいと言われている。今の状況は「どうしてこうなった」としか言えない。なぜなら、あまり詳しく覚えていないからだ。  あの夜、じゃあ、井筒さんが俺としてよ、と。阿南はどういうつもりで言ったのか。そして、自分は酒に酔っていたとはいえ、どうして受け入れてしまったのか。「ああ、もうめんどくせえから自分の見える範囲で」と思ったようにも覚えているが、どう考えても正常な判断ではない。 (なんとかしねえと……!つか、こんなのバレたらシャレになんねえ)  世間にもグループ内にもバレるわけにはいかない。バレる前に、なんとか阿南をうまく更生させ、かつ、自分との関係を終わらさなくては……!  そう決意しているものの、この関係はズルズルと一ヶ月半以上も続いているのだった。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!