第2話

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「井筒さん」 「あ!?」 「うわ、なんですか、そんな怖い顔して……」 「あ、いや……悪い」 「いや、まあ、怖い顔なのはもともとっすけど」 「おい」  イライラしながらタバコを吸っているところに現れたのは恩田雅久だった。阿南と一緒にメインボーカルを張っている。歳は若いがしっかりしているというか達観しているというか……どうも何を考えているかわからない。しかし、最近の仕事ぶりが良くなってきていて、舞台関係でも引っ張りだこであるし、井筒はメンバーの中では仕事相手としてもかなりの信頼を置いていた。 「なんだ?お前、タバコ吸わねえだろ」 「あの、ライブの関係者席の手配を頼みたくて」 「?珍しいな。わかった。日程と枚数と名前をあとで送っとけ。手配しとく」 「助かります。一階席の通路前のとこがいいんですけど」 「はあ!?なんだよ、女か!?お前までやめてくれよ、マジで……」 「いや、違いますけど」 「阿南のやつもどうせまた頼んでくんだろうな……楽屋に変なの入れるなよ」 「わかってますって」  はは、と笑う恩田の顔を見て、ん?と井筒は違和感を覚えた。 「……なんか、お前、この前から変じゃないか?」 「え?」 「前はオフの日でも何か仕事ないかって言ってたのに……まあ、休みを取るのはいいことだが、羽目外しすぎんなよ」 「信用ないなあ」 「仕事以外の監視は阿南だけで手一杯なんだよ」 「はあ」  そう言った恩田は、先ほどまでいたブースの方を見つめて、そういえば、確かに変だなあ、と言い出した。 「あ?何が」 「阿南のこと。最近、飲み会の誘いも減ったし。前まで人数合わせでいいから来い来いうるさくて、断るのに困ってたんですけど」 「あー、そうなのか。あいつ、お前にまでそんな悪さの手引きを……」 「悪さの手引きって……。いや、それがなくなったってことは、本命でもできたんですかね」  恩田からの何気ない言葉に井筒は驚いて、はあ!?と思わず声をあげた。 「あれ?そんなに驚くことですかね」 「あの下半身から先に動くような男が……?それはねえわ」 「井筒さんは阿南のことをなんだと思ってんですか……」 「ヤリチン」  コンマ秒もおかずに答えた井筒に恩田は呆れる。思わず苦笑いが溢れた。 「……いくら幼馴染でも言い過ぎっすよ、それに……」 「なになに、俺の話?」  恩田の後ろからひょいと現れたのは、件の阿南だった。悪びれる様子もなく出てきた相手に呆れていると、お前に本命でもできたのかなって話、と、恩田がこれまた悪びれることなく返す。 「えー、なんで?なんでそんなこと思ったん?」 「いや、飲み会誘ってこなくなったから」 「雅久、誘ってもこないじゃんー」 「いかないけど」 「ホラァ。んー……まー、うん、そんなとこかなー」  軽いな、と呆れる恩田に構わず、阿南は井筒の方にくると、今日って接待飲みもない日だったよね、とスケジュールを確認した。 「ああ」 「じゃあ、俺の送り最後で。久々に井筒さんの家行きたい」 「は!?ふざけんな。嫌だよ」  耳打ちしてきたことに呆れて返すと、阿南はなんで?と笑いかける。その間に恩田は別のスタッフに呼ばれて去ってしまった。それを確認して、阿南はまだ井筒に話しかけた。 「大学の時から部屋変えてないでしょ?シェアしてた相手出て行ってるんだし、部屋余ってるって……」 「だからと言って、お前が来ていいわけじゃない」 「えー……」  なんで、と笑って押し通そうとする阿南に、井筒は、あのな、と声をひそめた。 「やりてえだけなら、いつものホテルでいいだろ」 「たまには家とかでいいじゃん。お金もったいないし。俺、学生の時に行ったことあるしさ。今更じゃない?」 「お前なあ……」  ヘラヘラ笑ってそう言う阿南に、井筒は呆れた。ねえ、今日は井筒さんの部屋でシたい、と耳元で笑う声に、キレそうになりながら、嫌だと突っぱねる。 「家には仕事は持ち込みたくねえ」 「いつも家で仕事してるじゃん」 「そういう意味じゃねえよ。お前との関係を持ち込みたくねえんだよ」 「えー……」 「ごねるなら、今日はしねえからな」 「えっ、それは困るなー。俺、今日したい気分だから、女の子呼んじゃうかも」 「阿南ッ!」  井筒が思わず声を上げると、阿南は笑って、しないって、と目を細めた。 「じゃあ、うん、いつものとこでいいや」 「……ったく」  楽しみにしてるね、と耳打ちしてくる声を追い払い、井筒は頭を抱えてまたタバコに火をつける。少し前まで禁煙しかけていたはずなのに、それどころではない。ストレスでおかしくなりそうだ。 (ちくしょう……何がどうしてこうなった!)  信じていない神にでも祈りたい気分だ。今日も深夜を回りそうな残業を思っては、タバコの端を噛むのだった。
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