第3話

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第3話

 ライブ後、井筒は少しの疲れを引きずりながらも、ホテルのとある部屋に向かっていた。  ホテル、とは言ってもいつも阿南との逢瀬のために使っているところではない。今日はNAVIOのライブが一区切りついたので、会場近くにそのまま宿泊することになっているのだ。一区切り、といってもまだあと1日ライブが残っているのだが。  ライブの中打ち上げもそこそこに切り上げたが、井筒がいろんな処理を終えた時にスマホを見ると、阿南からデリバリーのおねだりが入っていた。部屋に来てねというお誘いに、思わず舌打ちした。だが、断りもせずに飯は持っていくことにする。今日はしねえからな、というかたい意志を持ちつつも気分が重い。くそめんどくせえなあいつ、という本音がブツブツ口から出てしまうぐらいだ。  ホテルのスペアキーは持っていたので、チャイムを鳴らすとそのまま扉を開ける。頼まれたものを近くのファーストフード店で買ってきた井筒は、文句を言いながらもその部屋に入った。 「おい、阿南。お前の言ってたハンバーガー高っ……うお!」  犬のように飛びついてきた相手に驚く。少し酔っているのか酒の匂いがした。中打ち上げでは飲ませなかったはずなので、それは自分で調達したのだろう。ぎゅっと抱きしめて、へへ、とキスをしようとしてくる相手の顔を押しもどす。 「おい、やめろ」 「こっちで井筒さんも食べようよ。自分のも買ってきてんでしょ。ここのテリヤキ好きじゃんー」 「……まあな」  言われてみれば、自分も打ち上げでまともな食事をしたわけではない。あとで部屋に持って帰るかと思っていた自分用のバーガーセットも取り出し、部屋にあるテーブルに広げた。阿南はいただきまーす、とそのハンバーガーを頬張ると、タブレットをスタンドに立てた。動画で今日の仕上がりをチェックしているようだ。 (こういうところだけは真面目なんだがな)  自分の今日のステージで気になっていた箇所を確認している。阿南は最近忙しく、練習時間も少なかったことを自覚しているのだろう。特に新しい曲のところを何度かチェックしていた。立ち位置や見え方で気になるところがあったのか、スマホで何かをメモしていた。井筒はその間にセットのポテトまでも食べきり、二個目のバーガーに手をつけ始めた。 「今日の新曲のサビ振りよかったっしょ?」 「あー、まあな」 「ちょっとー、ちゃんと見てた?」 「見てた見てた」  阿南の言葉に適当に答えると、心こもってないなあと文句を言われる。そりゃあ、疲れているのだ。それに……今日の恩田のことが気になっていた。
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