第3話

2/4

940人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
 恩田はなんでもソツなくこなせるタイプだが、どこか世間離れしていて、昔からあまり「本人の感情」がない。口数が少ないというわけでもないし、見た目も良く、アイドルとしても俳優としても才能がある。だが、器用であることも手伝って、何を考えているかわからないところがあった。近しい立場からすると、口で言っていることと本心が離れているような印象を受けるのだ。何かにのめり込むこともないし、どこか冷めている。まあ、アイドルや役者としてはいい性質なのかもしれないが。  しかし、そんな恩田がここ半年ほどで急に変わってきた。仕事が面白くなったというよりは、人間味を帯びてきたというか。だが、今日の浮かれようは今まで見たことがなく、井筒だけでなく、他のスタッフも驚いていた。 (まあ、S社の伝手持ってきたのは驚いたけどな。桜庭さん連れてくるとは、太いところと繋がったな。今度のゲーム舞台化のキャスティングに口添え頼めるか?)  名刺をもらうまでわからなかったのだが、チケット手配を頼まれたうちの一人は、大手ゲーム会社でも有名な広報スタッフだった。実はS社の看板商品であるシリーズゲームの舞台化企画がある。井筒のところにもつい先日話が来ていた。プロデューサーも脚本家もよく、絶対に当たる。主要キャストは完全にオーディションらしく、NAVIOのメンバーでも誰か出そうかを検討中だった。桜庭は別作品でも原作側広報だけでなく、メディアミックス企画をしていた。業界内でもアイデアマンとして有名だ。そこと太い繋がりができたのはありがたい。  気になったのはもう一人の連れだ。今まで恩田の周りにはいなかったタイプだが……恩田は彼にかなり懐いていたように見えた。今も部屋に一緒にいるはずだ。ゲーム仲間だと言っていたが、典型的なオタクのように見えたし派手な感じもない。少し話しただけでも気弱なコミュ障のように見えたのだが、恩田とは趣味のゲームを通して仲が良いのだろう。交友関係ってわかんねえもんだな、と思いつつ、ぼうっと二個目のバーガーも食べ終えかけた。 「井筒さん、きいてないでしょ?」 「あ?なに?」 「……今日、雅久のことばっかじゃん」 「アテンド頼まれてたんだよ。招待席で雅久オタのやらかしにも絡まれてたし、面倒見てただけだろうが」 「俺のソロパート聞いてた?」 「あー、聞いてた聞いてた」 「……」  扱い雑だなあ、と言った阿南の言葉は無視するに限る。残りを食べ終わると、もらった桜庭の名刺を管理ソフトにスキャンし、今までの関係先とのつながりを調べ始める。営業かけられるか、向こうももう企画のキャスティング気にし始める頃だよな……と考えていると、ねえ、と不満そうな声が阿南から漏れる。 「なんだよ。仕事中!」 「腹膨れたら、したくなってきた」 「はあ!?この……」 「ライブ終わったんだしさ。いいじゃん。俺らで打ち上げ」  そういって、阿南はテーブルの上のものを整理しつつ、はいはい、と自分と井筒の手を拭く。そして、えい、と井筒の体をベッド側に押し倒した。あまりに自然な流れで、井筒は思わず抵抗を忘れたぐらいだ。 「ヤろ♡」 「いや、しねえから!」  やめろ、と体を起こそうとするが、ぐっと阿南の体重が跨って押さえつけてくる。細いくせにどうしてこんなに力が強いのか。仕事ばかりで見た目の割には体力も力もない自分を恥じ、仕事残ってる、と腕でその体を押し返す。 「なんで?仕事なら明日にして」 「おい!……いや、今日はマジで仕事が……」  そう頭の中で考えてはみたが、一応、今日までにしなくてはいけないことは終わっている。だが、気持ち的にもノリ気にはなれない。いや、今までも別にノリ気になって阿南とセックスしたことはないのだが……。様子のおかしな井筒に、阿南が首を傾げた。 「井筒さん?」 「……今日はしたくない」 「え?」  なんでー!?と阿南は子供のように幼くごねた。今日のライブ良かったっしょー!?と文句を言い始める。 「今日のライブで一山終わったんだしさ。俺、ご褒美的にして欲しいんだけど」 「……」  井筒は視線を阿南からそらしたまま、今日は嫌だ、とだけ答えた。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

940人が本棚に入れています
本棚に追加