第3話

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 本人には死んでも言いたくないのだが、井筒は……阿南に一目置いている。幼馴染である彼が舞台上で輝く才能を持っていると知ったとき、その歌声に魅せられてしまった時、この男は人の前に立ち続けるべきだと思った。  そして、今、自分はその相手を、いわば「商品」としてステージの上に上げているのだ。その舞台上に立ってる相手、夢を客に売っている相手が「自分のそういう相手」だと思ってしまうのに抵抗があった。別に今まで忘れていたわけではない。ただ、久しぶりのライブを見て、やはり圧倒されている自分がいることもわかっていた。  あの「夢のような空間」を作っている裏側で……なんとも言えない罪悪感で潰されそうになる。だが、そんなことを阿南本人に言うつもりもなかったし、言って調子に乗られるのも腹立たしかった。少し考えた後、「疲れてんだよ」と言うのがやっとだ。しかし、阿南は少しキョトンとした後にへらっと笑う。 「マグロでいいからさー。俺が気持ちよくしてあげるだけだし」 「っ、そういう問題じゃねえ。嫌なもんは嫌だ!」 「えー……」  今日、俺、頑張ったのに……という阿南の言葉は無視をした。そもそも、どうしてお前の「頑張り」に俺が応えてやる必要があるんだ!?と文句を言いたいが、その元気はない。ふいっと視線を外すと、その視界の端で阿南がむくれる。ねえねえ、とキスを迫ってくる顔を避けていると、ベッドの上でスマホが震えた。阿南は不機嫌な顔のままそれを一瞥したが、井筒の「出ろよ」という視線のプレッシャーに負けたのか、何?とそれをとる。 「ああ、雅久か。何ー?」 (恩田?) 「あ、うん。持ってる。ちょっと今飯食ってるからさ。もうちょっとしたら持ってくわ。あー、いいよ。俺がそっちに持ってくからさ」  そう言った阿南は、ちらっと井筒を見やり、小さなため息をつくと荷物を漁り始めた。そして、タブレットケースのようなものを取り出す。井筒がそれを不思議そうに見ていると、雅久、ゲームしたいんだってさ、と伝えた。 「対戦したいから俺のやつ貸してくれって。今日来てたやつとするのかな。雅久の部屋番号って何番だっけ?」 「ああ……じゃあ、俺が持っていく」  ちょうどいい、と井筒は体を起こすと、乱れかけた服を直して、立ち上がった。それに焦ったのは阿南だ。 「ねえ、ちょっと!俺、持ってってすぐ帰ってくるからさ。井筒さんはシャワー浴びて待っててよ」 「は?しねえっつってんだろ。嫌なんだよ。疲れてっし。今日はお前としたくねえって言ってんだろうが」 「っ!」  これな、と阿南が持っていたゲームケースを取り上げると、そのままドアへ向かった。それを阿南は追いかけて、待ってよ、とジャケットを掴む。 「したくないって、ひどくない?」 「あ?」 「俺、ライブで興奮してて、今日はしたいし。井筒さんダメなら、女の子呼んじゃうかもしれないけど、いいの!?」 「……」  阿南の言葉に、井筒は少しひるんだが、はーとため息をついた。 「今日は勝手にしろ」 「え」 「地下から上がらせろよ。ロビーには記者張ってるだろうからな」  バレねえようにな、という井筒に阿南は一瞬呆然として、そして、慌ててそのジャケットを引っ張った。 「っ、ま、待って!」 「なんだよッ!」 「……ふぇ、フェラだけでもダメ?」  恥ずかしそうに見てくるのが、逆に腹がたつ。どの口とどの頭でその表情を作ってセリフ吐いてんだ、バカ、と井筒はキレた。 「死ね。なんで男のチンコなんか舐めなきゃいけねえんだよッ!」  中指を立てて、バタンッと扉を閉める。もうここ最近はため息しか出ない。あいつは本当にセックスしか頭にねえのか!と苛立ち、恩田の部屋へと向かうことにした。
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