第3話

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 井筒に置いていかれ、部屋に一人残された阿南は呆然と立ち尽くしていた。強い言葉で拒否をされたのを思い出しながら、ふらふらとベッドに向かう。 「……俺は井筒さんの口でしてあげたことあるじゃん。俺だってそうそうチンコなんて舐めないって……」  ベッドにボスンと沈むと、さっき見ていたスマホを手に取り、ノロノロとスクロールをする。どうでもいい名前ばかり並んでいて、誰かを選ぶ気にはなれない。そもそも、井筒とこうなってからは女遊びは一切していないのだ。多分、いや、絶対に、井筒はそんなこと知るはずもないのだけれど。 「……雅久、いいなー」  さっきの浮かれた声を思い出した。スマホの向こう側ではしゃいでるのが目に浮かぶ。落ち着いていて、どこか気持ちの読めない後輩、阿南は恩田雅久のことをそう思っていた。しかし、ここ最近恋をしているらしい。そのことぐらい、阿南にもわかっていた。今日のステージ、雅久めっちゃ良かったもんな、と、先ほど見直していた動画でも「こいつすげえな」と身内ながら感心したものだ。恋は人を変えてしまうのだろう。 「まあ、俺みたいに拗らせなきゃいーけど」  はは、と乾いた笑いが虚しく響く。自分が軽く言うからあしらわれるのだろうか。けど、この気持ちを本気で伝えたところで、向こうが引くことなんて目に見えている。  今日はあの人の肌が欲しかった。  それがどれだけ重い気持ちなのか、きっと彼は気づいてない。わかってほしいような、けれど、気づかれると距離を置かれるような。  どうしてこうなってしまったんだろう。  付き合いの長い幼馴染のはずなのに……本当に欲しいものには、ずっと手が届かないままなのだ。
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