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木崎は自分の行動をおかしく思った。泥棒を名乗る女をリビングのテーブルに座らせ、女のためにコーヒーを入れている。
「砂糖とミルクは?」
「ブラックでいいよ」女は答える。
女の前に湯気の立ったマグカップを置くと、木崎は向かい合うようにして腰掛けた。
「借金取りから逃げるしかなくて、ベランダから夜逃げしようとしてたんだ……」
「泥棒としては、しょうもない家に忍び込んじゃったってわけね」
「しょうもないとか言うなよ──まぁ実際、しょうもない人生だけど」木崎は頭を掻いた。
「名前──聞いてもいいかな? あっ、教えてくれるわけないか。泥棒だもんなぁ」
「アスカ。別に名乗っても問題ないでしょ。どうせアンタ、夜逃げしちゃうわけだし」
そう言うとアスカは、猫舌なのか、何度もマグカップの中に息を吹き込みながら、コーヒーを啜った。
「アスカさんはなんでまた──泥棒なんか? すごく美人だし、そんな悪事に手を染めなくても──」
「アンタと似たようなもんだよ。男に騙されたんだ。結婚詐欺に遭って、オマケに借金まで被っちゃって。似たもの同士だね」
「へぇぇ」木崎は間抜けな声を漏らした。
「生きてくのもバカらしくなったし、コツコツ貯めたお金もなくなっちゃったから。どうせなら腹いせに、金を持ってそうなヤツを困らせてやろうって」
「で、この家に?」
「そう」
「夜逃げ真っ只中の家に?」
「泥棒のセンスがないのかもね」
二人は思わず吹き出した。木崎は久しぶりに声を出して笑っている自分に気づいた。
「警察に通報したっていいんだよ。生きてる意味なんてないし、捕まってもどうってことないから」
「いや。それはしない。アスカさんを警察に突き出したからって、俺に何のメリットもないからさぁ。それにこうして──」
優しい声で語る木崎を遮るように、玄関で激しい物音がした。同時に振り向く二人。するとそこには、目を疑う光景が。
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