25人が本棚に入れています
本棚に追加
「この家に踏み込んだのが運の尽きだな。お前を殺してやる。俺は全てを失ったんだ。俺の人生なんてもうどうだっていい。お前を殺して俺も死んでやる!」
興奮する木崎の隙を突いて咄嗟に身をかわすと、男は木崎の手首を鷲掴みにした。
「離せよ!」
腕を左右に振り、男の手を振り払おうとするが、男の力は強かった。敵わないと思った。けれど、人生を狂わされた全ての恨み辛みが木崎の背中を強く押す。男の手を振りほどいた瞬間、ピストルはキッチンのほうへと飛んで行った。
「クソッ! 殴り殺してやる!」
木崎は倒れ込んだ男の身体に馬乗りになり、殴りかかろうとした。男は木崎の両腕を掴み、殴る木崎を制する。もみ合いになりながら形勢は逆転。次は男が馬乗りに。男は容赦なく木崎を殴りつける。
「俺の会社返せよ! 俺の金返せよ! 俺の妻と子供返せよ! 俺の人生を返せよ!」殴られながらも木崎は狂ったように吠えた。
男の殴る手がピタッと止まり、「悪かったよ」と言いながら、木崎の横に倒れ込んだ。
仰向けのまま呼吸を整える二人。やがて男は立ち上がると、木崎の手を取り、身体を起こした。アスカのことが気になり、テーブルに目をやる。すると、そこにいるはずの彼女の姿がなかった。しかも、テーブルの上に置かれた黒いバッグも消えていた。
「金がないっ!」
男たちは声を揃えて叫んだ。
二人はフラついた足取りでテーブルに駆け寄る。どこを見渡しても、アスカの姿がない。ふと、テーブルの上に一枚の紙切れが置かれているのに気づく。
『楽しい夜をありがとう! 借金はしっかりと回収させてもらったよ。飛鳥債権回収株式会社 回収担当より』
それを見た男は「クソが!」と吐き捨てた。キッチンに向かい、落ちていたピストルを拾い上げると、その足でこの家を後にした。
誰もいなくなったリビング。テーブルの上にはマグカップがふたつ。ようやく状況を理解した木崎は、「めでたく借金がなくなりましたぁ」と能天気に呟いた。頬が少し緩む。金がない状況には変わりがないけれど、借金がなくなったことで生きる希望が少しだけ見えてきた。
開けっ放しになっているベランダを閉めようと、椅子から立ち上がった瞬間、玄関のインターフォンが鳴り響いた。
「もう何が起こっても動じないぜ。さぁ、次はどちらさんのご訪問ですかー?」
最初のコメントを投稿しよう!