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出逢い
『片思い』──自分の事を思ってもいない人を一方的に慕うこと──
辞書にはそう書いてある。だが、本当はそんな簡単な一文では表せない複雑な感情だという事を、私が一番よく分かっている。
廣澤君と始めて会ったのは、看護学校に入って程なくして始めた喫茶店のアルバイト先だった。
無口だけど思いやりがあって、テキパキとオーダーをこなすそのスラリとした姿に、私は一瞬で心を持っていかれた。
廣澤君は大学に通っていて、なかなか同じシフトにはなれなかった。けれど、会いたい──ただそれだけで、私はアルバイトに精を出した。
上がり時間が同じになると、彼は時々一緒に帰ってくれた。駅に向かう川沿いの道を、並んで歩けるだけで涙が出るほど嬉しかった。
ご両親とお兄さんの四人暮らし、大学では剣道部に所属、最近車の免許を取ったこと、好きなミュージシャンについて、見かけによらず甘党なこと……。
私はどんな些細な情報も一つ残らず聞き逃すまいと心に留めた。斜め下から見上げる彼の横顔はとても魅惑的だった。そこから屈託のない笑みがこぼれたときには、「大好き!」と街中の人に聞こえるように叫びたくなった。
――このまま駅に着かなければいい、この時間がずっと続きますように──
駅前の花壇には、名前も知らないピンク色の花が、まるでこの恋を応援するかのように初夏の優しい風にそよいでいた。
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