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別れ
そんなアルバイト生活も、学業が忙しくなり半年で終わりを告げた。
辞めた後も、私は何かと理由をつけては廣澤君に会おうと努力した。優しい彼は、私の一方的な誘いを断りきれずに何回かは付き合ってくれた。
会う度に、私の弾む心とは裏腹に、彼は明らかに困ったような表情を見せた。告白する勇気は出なかった。かといって彼の気持ちを思いやる余裕のない私は、どうしていいのかわからなくなった。
全身から溢れ出るこの思いに廣澤君は気付いていたと思う。しかし、いくら頑張っても私たちの関係は友達以上には進展しなかった。
――何が悪かったの? どこで間違えたの?――
後悔だけが募った。よく考えれば、彼の方から電話がかかってくることは一度もなかった。
一緒に食べたケーキの味、車の中で聴いた音楽、煙草の匂い、全てを忘れようと心に決めて私は連絡を断った。
その後、学校を卒業し地元の病院に看護師として勤務することになると、廣澤君のことを考えなくてすむほど忙しい毎日が続いた。
夜勤明けの重い足取りで帰宅したある日、私宛に一枚の葉書きが舞い込んだ。廣澤君からだった。そこには、就職した会社名と春から暮らす東京の住所が印刷されてあった。
「お元気ですか?」
最後に小さく一言だけつづられた右上がりの癖字。
短かったけれど、彼とのかけがえのない日々が蘇り胸がいっぱいになった。 目の前がみるみる滲んで、ぽたぽたと落ちた涙の雫が葉書きに染みをつくった。
返事を出したかどうかは覚えていない。
――私は彼に選ばれなかった。諦めるんだ――
何度も自分に言い聞かせた。
「さようなら、廣澤君」
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