お金がないっ!

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                自宅 「重い~っ」 僕は両手に、それぞれバケツを持って、車から降りた。その中は水とかなり窮屈そう、ギチギチに詰め込まれた体調10センチぐらいの魚がギチギチになりながら泳いでいる。 自宅の小さな庭に不似合いな馬鹿でかいビニールプールに向かって小走り。 「お~い、ご飯だよ!」 あれ? プールには水以外に何もない。どこに行った? 「お~い! ご飯!!」 大きな声で叫ぶと、ひゅっと、家の奥の茂みから竜の子どもが顔を出した。僕を見て、一目散に駆け寄ってくる。とはいっても、ビタビタと水かきのようなヒレを駆使しての走行なので速くはない。 このコは水生の竜だ。まだ、全長1メートルにも満たないが、やがては、首が長いから、3メートル近くにはなるのではないか。だとしたら、どうしよう? ここで飼えるかな? 「にょーにょー」と竜のコは声をあげる。ご飯だ! ご飯だ!って感じ。 僕がバケツを差し出すと、首を突っ込んで、ガツガツと飲み込んでいく。このコは生餌しか食べない。これが、本当にヤバイ。これから、身体が大きくなるにつれ、きっと、今よりずっと、魚代、ご飯代がかかるのだ。僕の食費の何倍、このコにかかるのだろう? やばい気がする。 竜のコは瞬く間に2つのバケツの魚をたいらげた。 「にょーにょー」と鳴く。 「え? 足りないの?」 「にょーっ! にょーっ!」 声のボリュームが増して、僕を見る目が「もっともっと」と訴えている。 「わかったよ! ちょっと待って!!」 僕はバケツを持って、駆け出す。 「う~っ。可愛いけどヤバイ、もう無理、はやく迎えにきてくれー!!」 車を運転しながら、僕は差し出された、あの夜のことを思い出した。               雨の帰り道 基本、在宅勤務の会社でサラリーマンをやっている僕も、週に1,2度は、なんだかんだで、会社へ出向く。 その日は、打ち合わせがうまくいかずに、結局、最終の電車での帰宅となった。しかも雨。ザーザーとかなりの強雨だ。 右手に傘、左手に駅前の24時間スーパーで購入した品を詰め込んだマイバックを手に家路を急ぐ。 向かいから、雨の中を女が走ってくる。やばそうだ。傘もささずに、小さな箱を抱えていた。髪が長い、全身ビチャビチャで、いくつなのか全くわからない。どうしてこんな真夜中、雨の中を走っているわけ? 不思議だけれど、関わり合いになりたくはないから、僕は目を合わせなかった。 すれ違おうとした時に、女の方が僕に声をかけてきた。 「あなた、つきあたりの家の奈良さん?」 「・・・ええ、そうだけど」 僕には、女の顔が思い浮かばなかった。雨でグシャグシャ、ノーメイクではわかるわけがない。 「これ、預かって! 必ず、迎えに行くからっ!!」 抱えていた立派な紙製のケースを押し付けてくる。 「え? 何それ?」 「お願いっ! 急いでいるのっ! 1週間でいいから!!」 僕は女の迫力に負けて、ケースを受け取ってしまった。 「わ、わかったけど、これ何?」 「ありがとう、よろしくっ!」 女はそれだけ言うと、そのまま雨の中を駅の方角へと向かっていく。 「何なんだ一体?」 僕は呆気にとられながら、紙製のケースを見る。一部、透明になっている箇所から中が見える。白い大きな卵があった。周りはクッション材で覆われ、高級メロンのような扱いだった。              真夜中の公園  この公園には大きな池? 沼? がある。鯉とかカメとか泳いでいたことを思い出したのだ。僕は全身、黒ずくめ。つないでないけど、リードを手にして、真夜中の犬の散歩をしている近くの住人風を装ってみた。車は近くの空き地において、竜のコと一緒にここまではこそこそと歩いてきた。見つかったらきっとやばいから。でも、僕の財布は本当にヤバイのだ。終わっているのだ。仕方ない。こういうの、背に腹は代えられないっていうの? 違う? 竜のコに向き合って語りかける。 「いいか、自分でちゃんと獲物を、自分の力でとってくるんだ。働かざるもの食うべからず。わかる?」 「にょーにょー」 きっと、お腹がすいている。それに早く水にも浸かりたいのだろう。 「いいか、1時間だ。1時間たったら迎えにくるからな。それまでにお腹いっぱいにしておけよ」 ザブンっと、勢いよく竜のコは池に飛び込んだ。真夜中の公園に水しぶきが舞う。 もうこれ以外にないと思う。池や沼のある公園を20ぐらいリストアップした。今日から、これを真夜中に行うのだ。同じところだと、食いつくしてしまう可能性があるからね。それは流石にやばいでしょう。20か所、場所をかえていけば、何とかなるのではないか。代わりに鯉とか何やらにパンとか麩とかをいっぱいあげよう。そして、まるまる太ってもらおう。その方が絶対に安上がりだし。 1時間後、約束の時間に迎えに行く。 竜のコは満足そうな顔で、池にむかって突き出している魚やカモへの餌やり場で休んでいた。 「よしよし、作戦成功。では帰ろう!」 僕は竜のコに帰宅を促す。しかしお腹が膨れて動けないのか、満足して眠すぎるのか、歩くというか、這おうとしない。 「おいおいおい、長居は禁物だからさぁ」 20キロにもなった竜のコを、僕は抱える。腰がやばい。 絶対に餌代、シッター代、請求するからな。早く迎えに来てくれよ。っていうか、本当に迎えに来るのだろうか? 来なかったらどうすればいい? 置き去りか? 姥捨て山か? いやいや、そんなことできないよ。僕が卵からかえしたんだよ。お母さんなんだよ。だけど、お金がもうないよ。 だって、本当にエンゲル係数が半端なかったんだよー!
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