オパルの涙とチューベローズの花冠

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 寄宿舎で暮らす少女と人形たちの時間は、穏やかに流れていく。外部からやってこようとする悪意ある人間から守られたこの閉ざされた園で、輝かしい数年間を過ごしていくのだ。  そんな輝かしい日々にも、突然悲しみはやってくる。それは大人達の手によってでも、完全には取り除けないものなのだ。  それは鉱物の樹が花を落とし、それぞれに硬質な実を付けはじめる頃、最年長の生徒たちが卒業を控えた、暑い夏の日のことだった。 「大変! 急いで来て!」  静かに授業が行われる教室にその声は響いた。教師が厳しい目つきで扉の方を向くと、そこにいたのはオパルの人形だった。  普段、人形はたったひとつの例外的な場合を除いて学校の中へは入ってはいけないことになっている。だから、この人形が教室に来たということは、その例外が起こった証明だった。  教師はすっと扉の方を指さして、厳粛な声で言う。 「あの子のご友人は、直ちに向かいなさい」  少女がひとり立ち上がり、制服の裾を乱しながら人形に駆け寄る。 「案内して」  少女がそう言うと、人形はこくりと頷いて校内の廊下を歩き始めた。昇降口へと向かう間、同じように人形が呼びに来たのであろう生徒何人かと顔を合わせる。みな戸惑った様な顔をしていた。  昇降口を出ると、人形たちが走り出す。少女達もそれに続いた。  今は一刻を争うときなのだ。  寄宿舎についた人形と少女達は、みなひとつの部屋に集まっていた。その部屋の主である少女がベッドに駆け寄る。ベッドの中では、柘榴色の髪の人形がぼんやりと横たわっていた。主の少女が、柘榴色の人形が着ている制服の胸元をはだける。すると、服で隠されていた、人形の核となる鉱物が光を強めたり弱めたりしながら明滅していた。  それを見て、集まった人形と少女達はベッドを取り囲み、人形は自らの核の上に、少女達は右胸に手を当てて静かにベッドの上を見守る。そうしている内に明滅を繰り返していた人形の核の光が強くなり、一呼吸置いてから眩しく輝いて砕け散った。  主の少女が何かを言いかけたその時、人形の枕元に黄色いマントを羽織った人影が現れた。  その人影は言う。 「君はここに居た。そしてここに居る」  それだけを残して、人影はすぐさまに消え去った。主の少女が涙を零す。 「ああ、良かった。ちゃんと神様が迎えに来てくれた……」  そうしてそのまま、動かなくなった人形に縋り付いて泣き崩れた。  立ち会った他の少女達も、目に涙を滲ませている。人形たちは、泣くという機能が備わっていないので泣くことはできない。けれども、オパルの人形はじっと友であった動かない人形を見つめたまま、自分の主人である少女の手をぎゅうと握った。 「お花で囲みましょう」  誰かがそう言った。それを言ったのは少女なのか人形なのか、わからない。けれども、動かなくなった人形の主人も含めて、少女と人形たちは中庭へと向かった。  中庭では、夏の花が色とりどりに咲いていた。それを、人形と少女達が両手いっぱいに摘んでいく。小さなその花々を残してきた人形の元へと持ち寄り、一輪ずつ丁寧にベッドを彩っていく。 「もうすぐで一緒に卒業出来たのに」  人形の命を失った少女が、泣きながらそう呟く。  卒業までの時間が僅かなのは酷なことなのか、それとも救いなのか、それはその場にいる誰にもわからなかった。
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