第一章

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第一章

 気乗りしない群衆の喝采のように、雨がぱらぱらと板葺屋根を打ち始めた。囲炉裏に小枝をくべ、テーブルの椀に盛られた砂色の塊を口に放り込んで、軋む椅子を立つ。  月光を取り入れようと開け放していた窓から、盛りの過ぎたライラックの香り。生温い風の湿り気を受けて、椅子の背にかけた革鎧が、酸っぱいような重いにおいを放っている。ちょうど火を起こしたところで気に留めなかったが、見れば夜更けの空に光源はない。    木板の窓を閉めながら、苦笑が漏れた。雨の気配に気づかなかったとは。天気の悪い夜は、森で飼っている豚を狙う盗人が増える。今日のように夜警の当番でない日でも、いつだって気をつけているというのに。    この貧しい旧シルヴァ村で、夜警の背負う責任は重い。毎月領主に納める税金を、空きっ腹の騒音と脱力に耐えて、やっと捻出するような村なのだ。支払い能力を失くすのに、家畜一頭の損失でもう充分。おまけに延滞税が困窮に拍車をかけてくれる。  誰でもそんな事態はごめんだが、悪いことに今は、例年より豚の数が少ない。餌が確保しにくくなる冬の前に、ほとんどの豚は腸詰や塩漬けなどの保存食に変える。繁殖用に残したものを、春から増やし始めるのが慣例だ。  しかし今年は保存食が足りず、繁殖用の豚にまで手を付けるはめになった。塩の値上がりと、領主の城がある隣町での物々交換禁止令が要因だ。  家畜や農作物を貨幣に換えるには、手数料がかかる。だから買い物には、遠くても物々交換のできる町へ出向くことにした。  唯一そうは行かなかったのが、城下町の専売品である塩だ。
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