プロローグ

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プロローグ

 青年が歌舞伎町の夜景が全て見渡せるビルの一室の窓際にいた。その後ろにはベッドがあり、そのベッドには裸の女性が眠っていた。その裸の女性が目を覚まし、目に入ってきたのは青年が窓際で全裸で仁王立ちをしている姿だった。 「道行ぃ…… 何してんの?」 裸の女性は甘ったるい声で青年に尋ねた。青年の名前は歩兵道行(ふひょう みちゆき)、新宿歌舞伎町のホストクラブ異邦人(エトランジェ)のナンバーワンホストである。 「歌舞伎町を眺めていたんだ」 「毎日見てるじゃない、もう一回しようよ」 女性は道行を誘った。しかし、道行は気にすることなく再び窓側に振り向き歌舞伎町の夜景を眺め始めた。そして、その脇に置いてあったサイドテーブルの上にある煙草を吹かした。  道行は裸一貫でこの街に来た頃を思い出していた。一流と呼ばれる大学を卒業し、一流と呼ばれる大企業に入った。だが、彼を妬む先輩達に罪を着せられる形で辞めることになってしまった。それからの彼はもう転落人生の一途。いくら一流大学卒であったとしてもこの不況の世の中、なかなか就職は決まらなかった。 そして、流れ着いたのがこの新宿歌舞伎町、人の欲が渦巻くカネの街、一流企業に勤めていた時に他社のお偉方を接待するために訪れた思い出深い街。 汚名を雪ぐ過程で裁判を起こすも、相手は大企業。自分が罪を着せられた真相を知ることは出来たが、海千山千の大企業顧問弁護士の前に自分の雇った企業の訴訟に強い人情派弁護士は敗北…… 弁護士費用と裁判費用が重なり貯金も底を尽きる。住んでいたアパートも追い出され、ホームレスと言う立場になり、漂泊の末に辿り着いたのが歌舞伎町とはどんな因縁だろうか。 道行はコンビニエンスストアの裏口のゴミ箱を漁り飢えを凌ぐぐらいにまで堕ちていた。競争相手は他のホームレスかカラスか野良犬か…… 競争に打ち勝ち期限切れの弁当を餓鬼のように貪り食らうのも慣れたもの。どこの誰とも知らない唾液が付き、革靴で踏みしだかれたシケモクを吸うのもホームレス生活ですっかりと慣れてしまった。ただ、雨で濡れたシケモクは不味い、排水溝の泥水を啜り飲むようなものだ。 このような困窮状態に陥っても神は何もしない。そもそも、神がいるなら罪を着せられた後に救済があるはずだ。しかし、不幸の二番底三番底と言わんばかりに堕ちに堕ちた挙げ句がホームレス。住居確保給付金の申請に行けば、性質の悪い役人にぶつかったのか「丸の内で土下座でもすれば家賃ぐらい稼げますよ」と、心無い言葉を投げかけられる始末。生活保護の申請も同じよう理由で無碍に却下。 実家に泣きつきたくも、道行の両親は海外でセカンドライフを過ごし、永住権まで習得しており、二度と日本に帰らないと明言していた。実質、天涯孤独のようなものである。
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