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「君と会うのは、これが何年ぶりだか忘れたが。ともかくだ、テディ。まさか、また背が伸びたのか?」
「オーガスト、冗談を言おうという心がけは、おまえにしては殊勝なものだが。いかんせん、いまのには、面白いところは少しもなかったな」
ダチェット伯の優雅な四輪馬車は、広々とした作りではあったが、長身のオーガストと、さらに大柄なセオドア・ウィリアム・バートラムが乗り込むと、途端に窮屈に感じられた。
「なにはともあれ、ダチェットの館へ行くのは、もう……そうだな。十年ぶりか、いやそれ以上だろうか」
テディと呼ばれたセオドア・バートラムが、ごくごく朗らかに笑う。
「素敵な奥方に会えるのが、待ち遠しくてならないよ、オーガスト。ついにおまえを『その気』にさせたレディにね」
そんな旧友のからかいの言葉にも、オーガストの眉間の皺は深く刻まれたまま、一向に緩まない。
「どうした? 『気難し屋』ぶりは健在のようだな。その眉間に寄せた皺の原因は、一体なんだい?」
旧友テディの言葉に、オーガストが思わず、深い溜息を洩らした。テディはすかさず問いかける。
「ヘンリーとアーサーも、少し前に落ちついたじゃないか? オーガスト」
「そう弟たちは……双子たちは、まあ、いいのさ。本来ならば、今頃はオーストラリアの真ん中辺りにいなければならならなかった連中だが、ともかく。ヘンリーにアーサーはいいんだ」
「では、何がそんなに困りごとなんだ?」
テディの言葉に、オーガストがふたたび、深々と吐息を洩して言った。
「ときにテディ、君は、レディ・ユージニアを覚えているかい?」
「……ユージニア、はて?」
「ユージニア・リリアン、僕の末の妹さ」
と、テディが目を輝かせる。
「ああ、リリアン! そうか、ファーストネームはユージニアって言ったか。あの『小さなリル』」
「頭が痛いのは、その『リル』なんだよ、テディ」
「……続けたまえよ、ダチェット伯爵」
「去年の……クリスマスの前くらいのことさ。リルが、とんでもないことをしてね」
こう言うと、オーガスト・ユースタス・スタンレーは、眉の皺を更に深くし、押し黙る。
「それで? オーガスト、もったいぶるなよ」
「髪を、髪を切ってしまったのさ。はさみで、こう。自分で切ったんだ。長さが……耳たぶくらいまでしか無くなるほどにだ。もう、まるきりそれこそ尼かなにかみたいに」
さすがのテディ・バートラムも、軽口ひとつ返せず絶句する。
だが、気を取り直すと、苦虫をかみつぶしたような顔をしている旧友に問いかけた。
「なぜだい、なぜリルはそんなことを? オーガスト。もちろん、理由を訊ねたんだろう?」
「わけを訊いたかって? そんな、訊いたからって……」
小馬鹿にしたように、オーガストが鼻で嗤う。
しかし、ふと考え直すと、真顔になってこう言い継いだ。
「……そうか、君がリルと最後に逢ったのは。僕がダチェット伯を継ぐよりも前だったのだっけ」
「オーガスト?」
テディが怪訝な顔で問い返す。しかし、ダチェット伯オーガスト・スタンレーは、涼やかな笑いを浮かべ、ふいと話を転じた。
「ところで、テディ。言いそびれていたが、君のその顔はどうした。一体何事だい?」
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