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「お主、優しい子じゃのう。」
そう言ってにいっと笑った。今度こそ怒られると思っていた僕はびっくりして目を大きくして神様を見た。
「なんじゃ、そんな間抜け面せんでもよかろう。」
「え、だって僕、ゲームのためにお金盗ろうとしたしたのに。」
多分、先生だったら怒ってる。先生じゃなくたって、普通の大人だったら、ゲームなんかって叱ると思う。
「もちろん、金を盗るのはどんな理由があろうといかんことじゃよ。だがお主は、自分のしたことがいかんことだったと、もう分かっとるんじゃろう?じゃったらわざわざ妾がもう一度叱る必要などあるまい。」
「そう、なの?」
「そうじゃろ。自分で分かっていることを他人が言ったって大した意味などない。他人がすべきなのは自分で気づいていないことを言うてやることじゃ。」
そこまで言って、神様がまた真顔に戻る。
「じゃから、妾はお主を叱ったりせん。代わりに、一つ訊く。——お主の友は、そんな玩具一つ、嘘一つで、友でいられなくなるような者なのか?」
また、神様に殴られたのかと思った。違う。でも、その時と同じくらい僕はびくっとした。
「お主がそこまでげーむに執着するのは、友に嫌われたくないからであろう?それはお主らの友情がそんなもんじゃと思っているように聞こえたんじゃが、どうなんじゃ?」
それは、考えていなかったことだった。本当に、ゲームを持ってたふりをしたことを聞いて、みんな僕のことを仲間はずれにするのかな?嫌いになるのかな?
「妾からすればそんな嘘一つで壊れる関係など友とは呼べんと思うが。お主はその程度しかそやつらを信用してないのかえ?」
ぎゅっと胸がねじられたような感じがした。悲しいわけじゃないのに、目がうるうるしてきた。もしかして僕は、みんながすぐ人を嫌いになるひどい奴らだと思っていたの?神様の顔がちょっと辛そうになった。するとふっと手をあげて僕の頭をなでた。
「童にはちと酷な話だったかのう。人を心底信用できるかどうかは、大人でも難しいことじゃよ。そこまで罪悪感にまみれんくてもよい。」
「ざいあくかん…?」
聞いたことある気はするけど、意味は分からない。どんな漢字かもわからない。
「悪いことをしてすまないと思うことじゃよ。胸のあたりが重たくなったり、鷲掴みされたような感じがしたりしとらんか?」
僕はあっと声を上げた。神社に来るときと箱の前についたときに、胸が重い感じがしたのを思い出した。それから今のこの感じ、確かに掴まれてる感じな気もする。そっか、これはごめんなさいって思ってる、ってことなのか。
「罪悪感を感じとるなら、本当に信用してない、ということではないんだろうのう。なら聞き方を変えよう。お主、今までそやつらにすまないと思うようなことをしたことはないか?」
訊かれて、ちょっと考える。ぽつぽつといくつか思い浮かんだ。
貸してもらった漫画を少し汚してしまったこと、体育で一緒にリレーをしたときに僕が走ったところで抜かれてしまったこと、箒で遊んでいたら間違って叩いてしまったこと。
「その時、お前は恐らく謝ったはずじゃ。そしたらそやつらは何て言うた?」
僕はまた思い出そうとした。
漫画を汚してしまって返すとき。
抜かれてゴールしたとき。
叩いてしまった相手がうずくまったとき。
僕は確かに「ごめんなさい」って言ったはずだ。その時、なんて言われたか。
「気にすんな、とか、大丈夫、とか、だったと思う。」
そうだ。みんなそう言っていた。僕は怒られたり責められたりするのが怖くて少しびくびくしていたはずだけど、誰もそんなことしなかった。
「………あ」
だったら。そうやってごめんなさいって言ったら笑ってくれるようなみんなが。本当に僕のことを嫌いになったりするんだろうか?
「気づいたか。」
またにいっと神様が笑う。
「……本当に、嫌われないと思う?」
「そやつらに会ったことのない妾には断言はできんのう。じゃが、お主のような優しい子の友じゃ。類は友を呼ぶと言うではないか。じゃったら、そんな容易に気を損ねるような奴らではないと思うが。そんなことはお主の方が分かっておろう?」
「それは、そう、だけど。」
みんなは優しい。今までも、ケンカしたことはあったけど、怒られたり悪口言われたことはない。でも、やっぱり不安だ。
「しゃあないのう。ならば、ほれ。」
こつん、と神様が手をグーにして僕のおでこに当てた。
「明日、お主が友らにせねばならんことはなんじゃ?」
「ちゃんと、ごめんなさいって言う?」
「ん、そうじゃ。」
そしてまた、神様の目が黄緑色に光った。
「大丈夫、きっと大丈夫じゃ。」
それを聞くと、不安でもやもやしていた気持ちがふっと落ち着いた。ちょっとだけ、頑張ろうって気持ちがわいてくる。
「うん、ありがとう。」
「なあに、大したことはしとらん。それから、二度と社の金を盗ろうなどと思ってはいかんぞ?」
「うん!」
僕は思いっきり立ち上がった。さっきよりももっと、頑張ろうっていう気持ちが強くなってる気がする。
「お金、盗ろうとしてごめんなさい。ありがとうございました。ばいばい!」
「うむ、さらばじゃ、童。」
ぱっと振り返って、僕は鳥居の方に走っていった。
少しだけいつもより、速く走れた気がした。
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