芝居

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芝居

 受話器を置けばそれでお仕舞いだが、このままでは何だか(しゃく)だし、この手の(やから)は高齢者を対象にした詐欺のための名簿をどこからか入手していて次々に電話をかけまくっていると聞く。  なら、かかったふりをして逮捕させるようにし向けたほうがよいのではと考えたのだ。 「―わかった。どうしたらいい」 「ちょっとそっちから遠いけど、○○駅まで出てこられるかな。そこに旅行会社の人に来てもらうことになってるから。お金と引き替えに領収書をもらっておいて」  指示された内容をメモし、約束通りにする旨を伝えると「孫」は安堵した声で「おじいちゃん、本当にありがとう」と感謝の言葉を残し通話を切った。  念のためすぐに(本当の)孫の携帯に電話を入れたが出ず、留守番電話サービスにつながったので、折り返し連絡をくれるようメッセージだけ吹き込んでおく。LINEもしたが既読はつかなかった。そもそもこの時間は毎週バイト先の学習塾で授業をしているので連絡がとれないほうが自然で、電話がかかってくる事もないはずなのだ。一段落したら返信もあるだろう。  それから長い人生でほぼした記憶のない110番をして、警察に成り行きを説明する。話を聞いてやってきた二人組の刑事は「かかったふり作戦」に協力的で、同行して指定の場所で離れた場所から見張り、やって来た犯人との現金引き渡しの瞬間を押さえるという手はずで現場に臨んだ。  実際には現金は必要ないので持っていかない。そもそも昔の仕事の名残で幾ばくかの資産は宝石で持っていて現金自体があまりない。 しかし― 結論からいうと金の受け取り人は現れなかった。  刑事は、聞いた限りではいたずらではないようだし、感づかれてしまったのかもしれないと悔しそうに言った。やれやれ、警察署で調書をとるのに協力して家に戻った時にはほぼ半日が過ぎ夜になっていた。上手く逮捕できたら翌朝の新聞の地方版くらいは載るかもとちょっと期待していたが、とんだ無駄足だった、とやや気落ちして玄関のドアを開けると違和感に気付く。  電気をつけ愕然とした。部屋が荒らされている。洋服箪笥や食器棚といった引き出しという引き出しは開けられ物色されたあとがある。やられた― 奥に隠してあった宝石がない。  以前やり取りした押し買いの事が頭に浮かんだ。まさか、最初から空き巣狙いだったのか― 素人役者が三文芝居にのったつもりが猿芝居の猿。しかも無観客。  その時、スマホに着信が入りぼんやりしたまま応答する。孫からだった。 「もしもし、俺だけどなかなか折り返しできなくてごめん。塾でバイトだったんだ。…それで、ちょっとお願いがあるんだけど、塾をしばらく休校にするってさっき説明があって下宿代を払うのが大変になっちゃって― お金を少し用意してもらえないかな。次のバイト探すし、少しずつ返すから何とか」  電話を聞きながら心から詫びる。ごめんな、今、本当にお金がないんだ。
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