電話

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「もしもし、俺だけど…ちょっと困った事があって、急にお金が必要になっちゃって―」  受話器を取ると振り込め詐欺の定型文そのままのベタな文言(もんごん)が聞こえてきた。うちの孫が自宅の電話にかけてくることはまず無い。用事があれば私のスマホに直接LINEしてくる。アラ古希(こき)と思って舐めないでほしい。さすがに七十を過ぎると目も耳も不自由になりつつあるし、指先もあやしいので複雑な操作は出来ないがそのくらいは問題ない。  まったく、固定電話もかかってくるのはセールスが多くていい加減解約しようと思うのだが、古くからの知り合いや親戚が変わらずにかけてくるので中々それも出来ないでいる。  この間などは不要品回収などというから来てもらったら、いわゆる「押し買い」の(たぐい)で玄関先で追い返したこともあった。まあ、宝石の話がなかなか面白く、昔、宝石商をしていた頃を思い出してついつい話しこんでしまったけれども。 「みんなから集めた大学のゼミの旅行の会費を預かってたんだけど、鞄ごと電車の中に置き忘れちゃって…降りた駅で駅員にはすぐ話をして遺失物の届けも出したんだけど、見つかるかわからないし、旅行会社には今日中に払わなくちゃならなくて。無くしたなんて絶対言えないし、後でちょっとずつバイト代から返すから何とか立て替えてもらえないかな」  自称「孫」は切迫した様子で、話を続ける。確かに孫は大学院生で、学校近くにひとりで下宿しているから筋としてはまあ悪くない。ただ、そもそも声も口調も大分違っているため幸い慌てずに済んだ。一気に話すものだから、口を挟む事も受話器を置いて通話を切る事もできなかったが、タイミングを外されている間に一つの考えが浮かんだ。 のってみるか―  
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