アイビー

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アイビー

閑静な住宅街の一軒家。 取り立てて大きくなく、さりとてこじんまりとしているわけでもない。 新婚の夫婦が二人で住むには少し広いが、子供でも生まれればちょうどよくなるだろう。 少し窮屈ではあるが、親と同居することも可能だろう。 赤い屋根が特徴的な、真っ白な外壁の家だった。 新築のその家と、その家の主のことを、僕は良く知っている。 「ごめんなさいね。呼び出しちゃって。でも私心配で」 僕の少し後ろで、おばさんが申し訳なさそうに言う。 子供のころからお世話になっているおばさんは、初めて会った時から比べると白髪が増え、背丈は縮んでいないはずだが、全体的に小さくなったように見えた。 なんでも、おばさんの息子であり、僕の子供のころからの親友である、この家の家主と昨日から連絡がつかないらしい。 30歳を超えた妻帯者相手に過保護だと思うが、僕自身も何か引っかかる所があった。 虫の知らせ。と言うものかもしれない。 おばさんから連絡を受けた僕は、丁度仕事が休みだったので、一緒に親友の家を訪ねることにしたのだった。 インターホンを何度か押したが応答がなかったので、おばさんから合いかぎを貸してもらい玄関を開けた。 ギイっと音がして、ドアが開く。 電気のついていない玄関は、朝であるものの薄暗く、たたきには一足の靴も見当たらなかった。 「おーい。僕だ。いないのかー」 そうやって、何度か呼び掛けてみたが、返答はなかった。 声の反響が収まると、沈黙は先程よりもずっと増したように思えた。 家の中にはいないのかもしれない。 なら、どこへ行ったんだろうか。 「おーい。いないの?おーい」 おばさんが、僕がやったのと同じように声をかける。 声は微かにふるえ、その震えをかき消そうとするかのように、おばさんは声を張った。 その様子を横目に皆が、僕は腕を組んで、親友の行方を考える。 目の端に、赤い光が一瞬だけ走った。 見ると、鉢植えが一つ、ポツンと下駄箱の上に載っていた。 花はついていない。 星みたいな葉をいくつも垂らした、つる性植物だ。 結婚式のブーケなんかに使われているのを、僕も見たことがあった。 「確か、名前は、アイビー」 口に出した途端。 僕の頭には、先日の親友との会話が思い出された。 そして、気付いた。 僕のとんでもない失態に。 あの時、もう少しきちんと考えていれば、こんなことにはならなかった。 呆然と立ち尽くす僕の横で、祈るようなおばさんの声が、廊下の暗がりへと虚しく響いて、消えていく。
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