光は虹色

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 やたらと角度がきつく、狭い階段である。そして靴が面を叩くと音が硬く響く。部屋の中にいても、階段を上ってくる人には気づけるだろう。  バランスを崩したら危ないと思いつつ、手すりから手を離さずに上ったところで所長はドアをノックした。くぐもった声で返事があり、所長がそれに応じてドアを開ける。その時、あまり嗅ぎ慣れない臭いに美也子は立ち止まった。  それが汗と埃、安い油の臭いが入り混じったものだと気づくのに少し時間がかかった。部屋の中の臭いは、ファーストフード店の前を通りがかった時を思い出させるものであった。 「失礼します……」  薄暗い玄関先には何本かの杖と傘、靴が並べられている。細長いキッチンを抜けると、奥に利用者の岸田安男が座っている。細い体格で、所長と並ぶとかなり貧弱に見える。彼が誤ってぶつかったら倒れてしまいそうだし、そのはずみで骨折しても不思議はなさそうだった。 「誰か、来たんですか?」  やけに警戒心の強い、か細い声だった。声を出すのに慣れていないような不器用さを感じる。 「新しく来た職員を連れてきております。若い子でしてね」  納得したような顔をした岸田の目線は、所長の後ろに立った美也子を探すように動いた。ふと、玄関先にまとめられた杖の中に、白い杖があったのを思い出した。 「信楽くん、私の隣に座って」  言われた通りにしたところで、所長は自分の左隣にもう一人いると告げた。それで岸田は安堵したような顔を見せる。目線は定まったが、微妙に美也子の顔からずれた方を向いていた。 「認定期間が更新されましたので、お持ち致しました」  所長は鞄から取り出した居宅サービス計画書について話を始めた。岸田の名前や住所に始まり、要介護度や要望、緊急連絡先が列記された表紙をめくると、日々受けているサービスが項目ごとに明記されていた。
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