光は虹色

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 岸田の要介護度は三であり、特別養護老人ホームの入所条件を満たしているが、それは糖尿病性網膜症による視力低下のため、日々の行動が制限されているせいである。年齢も五八歳と若く、白杖を使っていること以外は目立って不自由なところはない。サービスも、月に一回の整形外科と内科受診の他、家事援助、買い物代行となっている。本人が特養入所を希望しても、必要性が低いと判断されてかなり後の方へ回されるだろう。 「これからも、買い物とか家事はやってもらえるんですよね」 「はい。それはご希望の通りに」  否定を恐れるような慎重さは、所長の柔らかな声で解けたようだった。岸田は強ばっていた表情を和らげる。出発前に一通りの情報に目を通したが、彼は身よりがなく、介護サービスが打ち切られたら買い物一つできなくなりかねない。  美也子は部屋を見回した。六畳間には一つ窓があるだけだが、方角の問題かあまり日差しは入ってこない。部屋の隅が薄暗く、少々ほこりが溜まっても気づかないだろう。 「信楽くん、読み上げてください」  少し気が逸れていた美也子は、所長の声で気が入る。読み上げが速すぎたか、何度か立ち止まって読み返すように求められたが、岸田は項目を一つ読み終えるたびに頷いた。 「まだ単位数に余裕もありますから、デイサービスでも入れてはどうかと思います」  所長が言ったのは、美也子が最後まで読み終えてからだ。ケアプランの中にデイサービスという文言はない。 「それは……ちょっと」  岸田は歯切れの悪い返事をしたきり黙ってしまった。明確な意思表示は望めない代わりに、その頑なさだけは伝わってくる。 「かしこまりました。それでは今後も今までの通りに」  控えとしてコピーを渡した所長が辞したのに倣って、美也子も畳の上を立った。 「今日も駄目でしたね」
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