光は虹色

4/31
前へ
/31ページ
次へ
 A4の記録用紙に何か書き込みながら、所長は呟いた。嘆くふうでもなく、どことなく岸田の反応を楽しむようである。 「デイサービスのことですか?」  車を走らせて少し経ち、抱いた疑問を口にする。常に細かい振動があるのに、所長の筆跡は決して乱れない。 「機会を見つけて勧めてはいますが、聞き入れてはくれませんね」  特養に勤めていた頃、自分がやっていたレクリエーションを思い出す。あの通りのことが毎日行われているのがデイサービスなら、気が進まないのも理解できる。少し警戒心は強いようだったが、岸田に認知症の兆候は見られなかった。 「買い物に楽しみを見出してくれれば良いのですが」 「岸田さんって、いつもは外に出ないんですか」 「そうですね。買い物はヘルパーが代行しますし、外に楽しみもないようですから」 「それじゃあ健康に良くないんじゃ……」  あまり日当たりが良いとは言えない家で、日がな一日過ごしているのはいかにも不健康だった。 「そうですね、あの住環境ですから、外へ出るのも億劫のようです」  階段はすれ違いができず、かつ急角度である。加えて屋根がないので、雨が降ったら滑りやすくなるだろう。視力が落ちている岸田にとって、あの階段はけがのリスクに満ちている。 「どうしたら良いんでしょう」  独身で身寄りの無い、六十歳にも満たない人が、あの薄暗い部屋でずっと一人で過ごすのが哀れに思える。外に出たからと言って大きな変化があるわけではないが、歩けなくなるのが心配だった。 「気になりますか?」 「はい、まあ……」  所長はすぐには答えない。反応を楽しみ、じっくり味わっているようだった。 「私たちがするべきは、本人の望み通りにすることですよ」
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加