光は虹色

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 所長の返事は、思ったよりも冷静なものだった。ただ働きも厭わない愛智の上司だから、好々爺然とした呑気な表情とは裏腹な、熱い答えが返ってくるのを少し期待していたところだ。 「望みの通りって、あの生活をずっと続けてもらうんですか」 「それが岸田さんの望みなら、そうなります」 「でも、あれが健康には見えないですけど……」  けがのリスクがある以上、無理に引っ張り出すのが正しいとは思わない。ただ、放っておけないのだ。通院や買い物の同行援助しか外の空気に触れないのでは、そのうちどんな影響を抱え込むかわからない。 「信楽くん、私たちは医者や看護師ではありませんよ」  諭すように静かな声だったが、信念に裏打ちされた強さを感じる。美也子は思わず所長を見遣ったが、直後に青信号に変わったので前方に集中する。 「その人の生活について、問題を根絶するのではなく楽に付き合う方法を提示するのが役割です。もちろん異論はあるでしょうが、私は自分の役割をそう位置づけています」  医療職であれば、病を治したり緩和したりするのが役目だろうし、その能力もあるだろう。所長の考えは、その役目から一歩引いたところに自らを置くようだった。 「岸田さんは視力が落ちて日が浅いので、外に出るのが怖いのでしょう。もしも信楽くんがあの生活を不健康だと思い、変えたいと思うなら、その恐怖心を取り除くことから始めることになります。それは医者や看護師の仕事とは違うでしょうが、岸田さんの生活を豊かにする上で必要な関わり方だと思いますよ」  それは問題の根絶より難しいことかもしれなかった。薬や術式のように、有効とわかっているものが存在しない。たとえば医者が無愛想に薬を突き出したとしても、病やけががそれで治るのならそれで役目を果たしたことになる。所長や自分には、そのような道具がない。 「信楽くんは、岸田さんと会ったのは初めてでしたか?」
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