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返すべき言葉がなく黙っていた美也子は、反射的に頷いた。その動きのせいか、アクセルが少し深く踏み込まれてエンジンが一瞬吠えた。
「答えなど最後まで出ないことの方が多いものです。多くの場合、残された時間が少ないのだから当然のことです。今信楽くんが大事にするべきは、初めて会った人の健康を気遣ったことでしょう。私の考えに従うのも良し、自分で何か思うことを私に言うのも良し。好きにしなさい」
やはり美也子は返すべき言葉が見つけられず、曖昧な返事をするに留めた。どういうわけか、本来の仕事とは外れた働きを厭わなかった愛智のことが思い浮かぶ。彼と同じ境地に立とうとしていると思うのは複雑だった。
2
就職から半年が経ったぐらいではたいして変わりないだろうと思っていたから、凛々子の変化が美也子には驚きだった。就職してから初めて都心に出て、その人の流れの速さに戸惑っていると、それをさっそうとかき分けて歩いてきたのが幼なじみの凛々子であった。
「久しぶり。なかなか連絡できなくて」
「しょうがないよ、学生の頃とは違うんだし」
そう応じる凛々子の声にも、五月頃会った時にはなかった余裕が感じられた。
変化は目に見えるところにも表れている。まず、学生の頃には短かった髪が長くなっていた。それもよく手入れがされているのか、風が吹いた時の動きが柔らかい。ふざけて触れてみたが、水をすくうような柔らかさだった。
「仕事変えたって?」
ターミナル駅の前を行き交う人の流れを抜け出して喫茶店に入ると、美也子はそう切り出した。
「まあね。我ながら、こんなに早くて良いのかって思うけど。まあ馴染めなかったからしょうがないね」
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